カンヌ絶賛作で難役に挑戦。若手注目俳優・黒崎煌代が見つけた、新しい自分への変化【映画『急に具合が悪くなる』出演】

カンヌ国際映画祭で高い評価を受けた濱口竜介監督最新作『急に具合が悪くなる』。本作で重度のASD(自閉スペクトラム症)を持つ青年・窪寺智樹を演じた黒崎煌代さんにインタビュー。「自分史上最高で臨まなければ通用しない」。脚本を読んだ瞬間、そう覚悟したという黒崎さん。濱口監督との出会い、役作りへの向き合い方、そして俳優としての価値観を大きく変えたという撮影の日々について聞きました。

Profile

2002年4月19日生まれ、兵庫県出身。2022年、レプロエンタテインメントの第1回「主役オーディション」で応募者約5000人の中から選ばれ、芸能界入り。2023年、NHK連続テレビ小説『ブギウギ』のヒロインの弟・六郎役で俳優デビューを果たす。その後、『さよなら ほやマン』『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』など話題作に出演。2025年公開の映画『見はらし世代』で主演を務め、高い評価を獲得した。近年は、Netflixシリーズの『九条の大罪』や『サバ缶、宇宙へ行く』(フジテレビ系)などドラマへの出演が続き、次世代を担う若手俳優として注目を集める。

傑作への確信がもたらすプレッシャーと、エゴを捨てたオーディション

――本作はカンヌ国際映画祭で高い評価を受けています。そんな作品に参加したことへのお気持ちを教えてください。
本当に、ひたすら光栄です。それに尽きますね。この作品を通して、今まで自分がやってきたやり方みたいなものが全部ガラッと変わって、アップデートされた感覚があるんです。そういう意味でも、僕にとってすごく大切な作品になりました。

――脚本を読んだとき、「自分史上最高で臨まなければ通用しない」と感じたそうですね。
脚本を読んだ時点で、もう純粋に面白かったんです。読み物として完成されているというか、登場人物一人ひとりがちゃんと存在している感触がありました。だからこそ、それを映像にするときに、そのキャラクターの粒立ちや魅力を壊してはいけないという緊張感がありました。

――完成度が高かったからこそのプレッシャーがあった。
まさにそうです。逆に言うと、「これをどうやってダメにするんだろう」と思ったくらいでした。濱口監督をはじめ、岡本多緒さん(森崎真理役)とヴィルジニー・エフィラさん(マリー=ルー・フォンテーヌ役)、そして長塚京三さん(智樹の祖父・清宮吾朗役)がいて、スタッフも一流の方ばかりで、原作も素晴らしい。条件は全部そろっている。もちろん絶対なんてことはないですけど、「これは間違いなく面白い作品になるだろう」という確信はありました。その分、自分も応えなければいけないという緊張感はありましたね。

――智樹は重度のASDを持つ青年です。オーディションにはどんな思いで臨まれましたか?
濱口監督がフランスで映画を撮る。そのオーディションがある。そんな機会は人生で一度あるかないかだろうと思って臨みました。ただ、監督自身が緊張感を与えるような方ではなくて、とても親切で誠実でしたし、オーディションの内容も俳優への配慮が感じられるものだったので、不思議と緊張はしなかったですね。

――緊張しなかったんですね。
もちろん濱口監督の映画のファンなので特別な思いはありましたけど、もし自分じゃない誰かが選ばれたとしても、その方が映画にとっていいのであればそれでいい、という気持ちもどこかにあったんです。それと、オーディション中に自閉スペクトラム症の方々が通う施設を見学させていただいていて。まずは見て、知って、それからオーディションに臨むという流れだったので、自分としてもベストな状態で向き合えたと思います。

――施設見学は役作りにどのように生かされましたか?
僕自身は当事者ではないですし、身近にそういう方がいたわけでもありません。だから正直、知識がなかったんです。なので、まずは知ることから始めようと思いました。自閉スペクトラム症の方がどう考えているのかについては、自閉スペクトラム症の方々が書かれた本を読ませていただきました。内面に少しでも近づきたかったので。一方で施設見学では、周囲の方々との関わり方や日常の空気感を学ばせていただきました。そうやって得たものを持ち帰って、濱口監督とリハーサルを重ねながら智樹という人物を作っていきました。

穏やかな現場を支える監督の圧倒的な技術力と、共演者から受けた刺激

――濱口監督とのリハーサルで印象的だったことはありますか?
何か一つの言葉が残っているというより、監督が本当に智樹のことを好きなんだろうな、ということをずっと感じていました。もちろんどの登場人物にも愛情を注がれているんですけど、智樹のリハーサルをしているときの監督は、特に楽しそうに見えたんです。それが僕も嬉しくて。智樹は自然に触れたり、五感を使って世界を楽しんだりする人物なので、そういうことを体感するリハーサルもたくさんやりました。そのなかで監督自身がその時間を楽しんでいるように見えたからこそ、僕も智樹をのびのび演じることができたんだと思います。

――岡本多緒さんとはオーディションの段階からご一緒されています。印象に残っていることはありますか?
とにかくストイックですよね。僕の場合は、まず監督の演出をいかに実現するかにフォーカスしているんですけど、多緒さんはそこからさらに先を見ているというか。常に「もっとよくするにはどうしたらいいか」を考えていて、積極的に挑戦されている印象でした。

――監督の求めるものを実現するだけではなく、その先を追求している?
そうなんです。僕にはない視点というか、常にもう一歩先の可能性を探しているように見えて。その姿勢にはすごく刺激を受けましたし、「こういうアプローチもあるんだな」と学ばせてもらいました。

――現場はどんな雰囲気だったのでしょうか。
ものすごく穏やかでした。映画に流れている空気感が、そのまま現場にもあった感じです。
それはやっぱり主演のお二人と濱口監督の存在が大きかったと思います。監督の持つ優しさやストイックさ、そしてユーモアみたいなものが、そのまま現場の空気になっていたんじゃないかなと思います。

――黒崎さんは濱口監督とのリハーサルを「魔法のような体験」と表現されています。改めて、監督ならではの凄さはどんなところにあると思いますか?
全部なんですけどね(笑)。でも一つ挙げるなら、圧倒的な技術力だと思います。監督ってカリスマ性が必要な仕事だと思うんです。もちろん濱口監督にもものすごいカリスマ性がある。
ただ、それ以上に驚いたのが技術なんです。カリスマだけで作品を引っ張る監督もいると思うんですけど、濱口監督は同じレベルのカリスマを持ちながら、それを超えるほどの技術がある。本当に細かく考え抜かれていて、技術でカリスマを超えてくるような感覚があるんです。だから「天才」という言葉だけでは足りない。天才以上の言葉があれば、それを使いたいですね。

役になりきる限界を受け入れる。辿りついた新しい演技論

――今回の作品で、ご自身のやり方がアップデートされたともおっしゃっていました。具体的にはどんな変化があったのでしょうか。
役作りに対する考え方ですね。濱口監督が直接そう言ったわけではないんですけど、監督と話したりリハーサルを重ねたりするなかで、演じることの限界みたいなものを受け入れるところから始めるんだ、ということを学んだ気がしています。僕はこれまで、役になろうとしていた部分があったんです。いわゆる「憑依型」と言われるような感覚ですね。たくさん準備をして、「自分は智樹だ」と思ってカメラの前に立つ。でも、それでは駄目なんじゃないかと思うようになったんです。

――どんなふうに変わったのでしょう。
黒崎煌代は絶対に智樹にはなれないんですよ。それは当たり前なんですけど、その当たり前をちゃんと受け入れることが大事なんじゃないかと思ったんです。もし「自分は智樹になった」と思い込んでしまったら、そこにいるのは結局、「智樹になったつもりの黒崎」なんです。そうではなくて、黒崎煌代という人間を通して、どうすれば智樹という人物が見えてくるのか。どう映れば観客に智樹として伝わるのか。そのための技術や方法を考えることこそが、演じるということなんじゃないかと思うようになりました。

Information

映画『急に具合が悪くなる』 6月19日TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

濱口竜介監督が、宮野真生子・磯野真穂による同名の往復書簡集を原作に、フランス、ドイツ、ベルギーとの国際共同製作で映画化した最新作。
舞台はフランス・パリ郊外の介護施設「自由の庭」。理想的なケアの実現を目指す施設長マリー=ルー・フォンテーヌ(ヴィルジニー・エフィラ)は、人手不足や現場の課題に向き合う日々を送っていた。そんなある日、がんと向き合いながら創作活動を続ける日本人演出家・森崎真理(岡本多緒)と出会う。真理が演出するのは、自閉スペクトラム症の孫・智樹と行動を共にする俳優・清宮吾朗の一人芝居。偶然の縁から交流を深めていく二人だったが、真理の病状は次第に進行。限りある時間の中で、二人は互いの人生や死生観に向き合いながら、深く魂を通わせていく――。

ジャケット¥808,500ニット¥276,100パンツ¥315,700シューズ¥469,700(すべてZEGNA/ゼニア カスタマーサービス03-5114-530)

撮影/木村 敦(Ajoite) ヘアメイク/Tomoe Chika(artifata) スタイリング/能城 匠(TRON) 取材/服部広子 編集/宮島彰子