カツセマサヒコ「それでもモテたいのだ」【人間関係は洋服のようなものだから】

今の日本で人類が過ごしやすい時

今の日本で人類が過ごしやすい時期なんて、本当は二カ月もないんじゃないかと思う。夏は暑いし、冬は寒いし、春は花粉だし、残されたのは梅雨前か秋口くらい。一年のあいだでストレスなく生きられる時間は極めて短く、活動時間だけ考えればほぼほぼ昆虫みたいなものだと自分の体調から思う。

先日、その短い時期を見計らって、五月の連休明けにどこか旅行にでも行こうと考えた。遠方の美術館に行ってみたかったし、どこかで食べ歩きをしてみるのもいい。景色のいい露天風呂に浸かるのもいいな。

そんな妄想を小さく膨らませていると、ふと牛タンが食べたくなって、「あ、だったら仙台でいいじゃん」と安易に考えた。

誰かが必死に作ったおしゃれな観光サイトを無慈悲に高速スクロールしながら、宮城県内の旅館や美術館を調べる。すると、その途中で見覚えのある景色があって、スクロールする指を止めた。

一見、ただの公園だ。広くはあるのだけれど遊具は少なくて、ガランとした景色が広がっている。しかし、どうしてか、その場所に見覚えがあった。最初はただ近所の公園に似ているだけだろうと思ってみたが、いや違う、私は確かに、過去にその場所に行ったことがあった。

二十歳を過ぎたばかりの頃だ。大学で、原くんという友人ができた。同じゼミで、たまたま近くに座ったのがきっかけだったのだけれど、ちょっと話してみると、会話のテンポが妙にしっくりきた。それが互いに気に入ったのか、私たちは一度話し始めればいつまでも笑いが絶えず、漫才師でもないくせに、ボケとツッコミを目まぐるしく入れ替えながらゲラゲラと笑い転げる日々を過ごし始めた(それが客観的に見て面白いものだったかどうかは正直わからないし、多分、そこまで面白くもなかったのだとも思う)。

出会って早い時期からこんなに波長が合う友人ができるのは初めてで、彼とは在学中、本当によく遊ぶことになった。飲みに行く日もよくあったけれど、旅行に出かけた回数も多く、二人で屋久島に行ったこともあれば、韓国に行ったこともあり、卒業旅行でラスベガスまで弾丸旅行に出かけたことすらあった。

そんな彼と在学中にふらりと遊びに行ったのが、仙台という街だった。

それこそ、牛タンを食べに行こう、くらいのノリだったんじゃないか。二人で夜行バスに乗って、一泊二日の仙台旅行に出かけた。宿も取らず、カラオケでオールすればいいよねと言って、本当にカラオケ店の一室で、歌い明かして夜を越え、朝を迎えた。

そのあと閉店時間になって店を追い出され、帰りの新幹線まで時間を潰した場所。それが、目の前でパソコンのモニターに表示されている、この公園だったんじゃないか。

あの青すぎて若すぎる一日を思い出して、それで、そもそも原くんとは大学を卒業してから、ほとんど疎遠になっていたことにも気付いた。

毎日のように笑い合って、誰よりも仲が良かった友人と、あっさりと離れてしまう。どれだけ薄情な人生だろうと、なんだか心に大きな空洞ができたような静かな寂しさがあって、でも、別にこの寂しさは、原くんに向けられたものだけではないことにも気付いている。

以前、誰かが「人間関係は洋服のようなものだ」と言っていた。

去年まで確かに似合っていたはずの服が突然しっくりこなくなるのは、自分の身長が伸びたり、服の系統が変わったりした結果であって、それと同じように人間関係も、自分の成長に合わせて変わっていくのが自然、という考え方だった。

似合っていたはずの服をいつまでも捨てずにいると、数年経ってからやっぱりまたお気に入りに戻ることもある。その変化も含めて、やはり人間関係と洋服は、似たようなものなのかもしれない。じゃあ、いつか原くんとまた旅行に行くようなことがあったら、その時はきちんと宿を取ろうと、そんなことを考えていた。

この記事を書いたのは…カツセマサヒコ

1986年、東京都生まれ。デビ

1986年、東京都生まれ。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)が大ヒットを記録し、2021年12月に映画化。二作目となる小説『夜行秘密』(双葉社)も発売中。

イラスト/あおのこ 再構成/Bravoworks.Inc

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