【OLからの転職】商社OLを経て、おにぎり店を始めた竹内さんの場合

新卒の就活は「こうあるべき」とイメージにとらわれがち。でも実際に社会に出て、いろいろな大人と出会い、自分の将来像が改めて描けるようになったりするものです。
今回はアパレルや商社から一転、おにぎりのケータリングを始め、現在は中目黒の「Onigily Cafe」オーナー・竹内未来さん(38歳)のストーリーです。

悩むより即行動派。決心から3ヶ月でケータリングをスタート

最初に就職したのはファッション

最初に就職したのはファッションの仕事。好きなブランドの制作に携われるのは楽し かったけど、忙しい日々に疲れ、定時に 帰れるOLを 経験してみたいと転職。上司や環境に恵まれ、アフター5の時間はあるものの、ゆとりのある生活が向いてなかったようで ( 笑 )。ちょうど、昔の取引先から声をかけられOEMの仕事をフリーとして引き受けることになりました。他にも数 社と契約をし、会社化を。5年ほど続けたころ、ファッション誌の編集者として働く 友人のひとことが転機となりました。雑談 のなかで「撮影時の朝食のチョイスが少なくて。料理上手だしおにぎり屋やって!」と。ケータリングのことはわからなかったけど、新しいことを始めたいタイミングで不安よりも好奇心が優勢でした。そこからの行動は早く、まず食品衛生の資格を取り、事務所の片隅にキッチンを増築。3ヵ月後にはわずか4畳ほどの小さなスペースでおにぎりを握っていました。こだわりはふわっと握れて、冷めても美味しいお米。それ以外はこだわりを作りすぎずオーダーのリクエストにこたえながらやり方や内容を改善、試行錯誤の毎日。服のOEMの仕事も、取引先のニーズを細やかに汲み取るお客様ありきの仕事なので、通ずるものがありました。ただ、マインド は同じでも生活は一変。ケータリングを 始めた当初はお手伝いを頼んでいたものの、実質ワンオペの時期もありました。夕方までOEMの仕事をこなし、続いてケータリングの仕込み。1~2時間仮眠し朝3時から握り始める。その後は配達し、またOEMの仕事に戻る毎日。そんな日々には失敗もありましたが、必要とされることを 大切に、信念を曲げずに続け、ケータリング業を軌道にのせました。ケータリング流行りや日本食のブームも追い風となり、キッチン拡大のタイミングで、どうせなら、と念願のカフェをオープン! 立地は中目 黒のなかでも飲食店エリアではないのですが、ケータリングの受注を考えた車を 停めやすいところ。トレンドを捉えるのはわりと得意なのでインスタ映えも狙える内装に。おかげ様で順調です。お店やケータリングを支えてくれているスタッフの将来も考えるようになった今、新店舗の構想も。Onigilyを世界で! これが今の目標です。

転職するまで、転職してから

撮影/中田陽子(MAETTICO) 取材・文/横山理恵

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表紙モデル:山本美月

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