CLASSY.ONLINEでは、ここのところ「読めそうで読めない熟語」を取り上げています。漢字自体は常用漢字(2,136字)の範囲内ではあるけれど、そのままの音読みでは読めない言葉です。
1.「刃傷」
まずは、やさしいところから。問題文は「白昼の繁華街で、刃傷沙汰が起きた」。最初から物騒な問題文ですが、この「刃傷」は何と読むでしょうか?
常用漢字表での「刃」の読みは、「は/ジン」とあります。「刃物」なら「はもの」、「自刃」なら「ジジン」と読みますね。でも、「刃傷」は「はきず」でも「ジンショウ」でもありません。また、「刃」と「刀」は似ているので、「かたなきず」と読んでしまいがちです。正解は「ニンジョウ」でした。
「刃」には、常用漢字表に記載のない「ニン」という音読みがあります。「ジン」は漢音(遣唐使によってもたらされた、中国唐の時代の都長安での発音)で、「ニン」は呉音(漢音よりも古く日本に伝わった、主に南方の発音)です。なので「刃傷」は単独の熟語として「ジンジョウ」という読み方もできるのですが、今回の例文のように「沙汰(サタ)」が後ろに付いた場合は「ニンジョウザタ」と読んでください。
漢字から「刃傷」の意味はおわかりだと思いますが、「刃物で人を傷つけること」。「沙汰」がついて「その騒ぎ」の意味を添えます。
2.「希有」
次は、ちょっと難しくなります。問題文は「彼は希有な才能の持ち主だ」。この「希有」は何と読むでしょうか?
常用漢字表では、「希」の音読みは「キ」一つが、「有」の読みは「ユウ・ウ」が示されています。しかし、「希有」は、「キユウ」でも「キウ」でもありません。正解は「ケウ」でした。「ケウ」とは、「めったにないこと・きわめて珍しいこと」という意味です。本来は「稀有」と書くのですが、漢字「稀」は常用漢字外のため、いわゆる代用字として常用漢字の「希」を使い、「希有」と書きます。「稀少→希少=きわめて少ないこと」や「古稀→古希=古くからまれなこと(70歳を指す)」の類です。
なお、「有」を「ユウ」と読む漢音のほうが一般的ですが、この「希有」のように「ウ」と読む呉音のほうが注意。「有無(ウム)」「有象無象(ウゾウムゾウ)」「未曽有(ミゾウ)」なども誤読の定番です。
3.「科白」
最後は、今回一番の難問です。例文は「それは彼女のお得意の科白だ」。この「科白」は何と読むでしょうか?
もちろん、「カハク」ではありません。同じ読みと意味で「台詞」と書くこともあります。こちらのほうが問題としてはわかりやすいでしょうか。正解は「せりふ」でした。「舞台で俳優が劇中の人物として言う言葉・決まり文句」の意味で使います。「セリフ」と仮名表記にすることも多い。「科白」「台詞」を「せりふ」と読むのは、日本語を漢字の熟語に当てた熟字訓(いわゆる当て字)です。
なお、「ことば」のみを表す「台詞」と違って、「科白」は「カハク」とそのまま読んでも厳密には間違いではなく、「それを言う時のしぐさ」まで含むという解釈もあるのですが、問題文のように日常使う場合は、「せりふ」と読んで「ことば」のことと考えてください。
さて先日ですが、長野県の善光寺で「びんずる尊者像」が盗まれるというニュースが報道されました。実際にお参りした方はおわかりでしょうが、私は寡聞にして、この「びんずる」というお名前を知りません。ニューステロップで平仮名表記されているということは、恐らくは、常用漢字外の「読めない・書けない」漢字の類に思われます。善光寺のサイトを開いてみると、「賓頭廬尊者」と書き、「お釈迦様の弟子である十六羅漢のお一人。お釈迦様から人々を救うことを命じられた説話から、俗に撫仏(なでぼとけ)と言われ、病人が自らの患部と同じところを触れることでその神通力にあやかり治していただくという信仰がある」ということでした。不届きな事件ではありましたが、おかげで勉強させていただきました。
では、今回はこの辺で。
《参考文献》
・「広辞苑 第六版」(岩波書店)
・「新明解国語辞典 第八版」(三省堂)
・「明鏡国語辞典 第三版」(大修館書店)
・「新字源」(角川書店)
・「難読漢字辞典」(三省堂)
・「読めそうでギリギリ読めない漢字」(河出書房新社)
文/田舎教師 編集/菅谷文人(CLASSY.ONLINE編集室)