withコロナ時代に少しずつ活気を取り戻しつつあるエンタメ業界。『宝塚歌劇』もその影響を受けつつ、出演者とファンの熱い思いにより連日公演を続けています。この機会に宝塚デビューしたい!というCLASSY.読者の方に、ヅカファン歴20年の編集Mがその魅力を好き勝手にご紹介します。
今回は、彩風咲奈(あやかぜさきな・93期)さんと朝月希和(あさづききわ・96期)さんの本公演でのお披露目作品について語ります。新生雪組を晴れやかにお祝いしよう!と意気込んで劇場に向かったところ、深い沼に落ちて呆然としながら帰ってきました。ところどころ様子がおかしいところもあると思いますがご了承ください。
お芝居:『CITY HUNTER-盗まれたXYZ-』
【簡単なあらすじ紹介】
舞台は約30年前の新宿。冴羽獠(さえばりょう)は、今は亡きかつての相棒・槇村秀幸の妹である香(かおり)とともに、凄腕のスイーパー(始末屋)、“シティーハンター”として暮らしていた。ある日、警視庁の美人刑事・野上冴子(のがみさえこ)から、クーデターによりアフリカの祖国から亡命してきた、アルマ王女を護衛してほしいと依頼が来る。さらに後日、女優の宇都宮乙(うつのみやおと)から、暴力団のトラブルに巻き込まれている息子を助けてほしいと懇願される。息子を思う彼女に胸を打たれて依頼を引き受けたが、この二つの依頼が実は影でつながっていた。さらにはアメリカから、獠の初代パートナー、ミック・エンジェルが、密かな目的のために来日してきて…。
【感想】
舞台の端から端までめいっぱいのネタをつめこんだ作品でした。人気芸人しか出てこないオールスター感謝祭かと思いました。あっちもこっちも色々と仕込んでいたため、初見の感想は彩風さんの脚が長かったことしか思い出せませんでした。
ですが2回目でいろいろ細かい部分を拾うことができ、その結果、彩風さんの冴羽獠が信じられないほど素晴らしい、ということに気づきました。彩風さんだけでなく、雪組生全員が原作への絶大なリスペクトをもって、全身全霊で挑んだ舞台化でした。そもそもあのハードボイルドな80~90年代の少年漫画を、女性だけで表現しようとする時点で相当難しいと思うのですが、ビジュアルを限りなく近づけつつ、何よりキャラクターの内面に寄せることに重きを置いているように見えました。最終的に、彩風さんの獠が「格好いい概念を煮詰めた正解だけ集めた人」のようになっていました。雪組ファンの友人が観劇後の私に「咲奈さん、恋始まっちゃってる」と明言を残してくれたのですが、本当にそれでした。編集Mは子供の頃アニメを見た記憶があり、その時は「こんな女好きでへらへらした男の何がいいんだろう」と思っていましたが、大人になった今なら、冴羽獠がいかにいい男なのかよくわかる。というか、彩風さんの獠を見ていたら、強制的に理解させられる。冴羽獠とはこういう男性で、同時に彩風咲奈さんとはこういうスターだ、と思うようなシンクロぶりでした。周囲の溢れんばかりの仕掛けを制して、一人だけぼんやり浮かび上がってくるような存在感。にじみ出る色気がじわじわと迫ってくる、そういうスターさんなんだと思いました。
主人公の冴羽獠は、おそろしく女好きです。だけど誰かの本命になりそうになった瞬間、スッとかわして逃げようとする。それは彼の生い立ちがそうさせるのかもしれませんが、「自分といても最後は幸せになれない」と頑なに信じているからだと思います。唯一、香に関してだけは側にいてほしいという本心がちらつきますが、そんな自分の本心にすらしっかりと向き合わず、不器用に彼女を遠ざけようとします。私がもっとも衝撃だったのは、香が獠と別れてミックと旅立とうとする絶妙なタイミングで、亡き相棒の槇村から預かった指輪を渡す場面。形見とはいえなぜこのタイミングでわざわざ指輪なんて渡すのか。それでいてどこか吹っ切れた様子で見送る彩風さんの冴羽獠は、無自覚な罪作りすぎて、その表情に私は震えました。さらには畳みかけるように、「俺はお前のハッピーエンドにはなれないよ」と言いながらアニメ版のエンディングテーマでもあった『STILL LOVE HER』を歌います。うつむいた影のある横顔でTM NETWORKの名曲を歌う彩風さんは、何が起こってるのかわからないくらい格好良かったです。
そしてCITY HUNTERで欠かせないもう一人の存在、槇村香を演じた相手役・朝月希和さんもまた、信じられないくらい可愛かった。香は作中に登場するあらゆる女性キャラのなかで最もボーイッシュです。だけど可愛い。なぜですか?と近所の人に尋ねたいくらい、可愛い。もともとタカラジェンヌである以上可愛い方はたくさんいますが、単純な造形美だけでなく、あの可愛らしさは内面から発している何かだと思います。ぱっちりした瞳と、まあるいツヤツヤなほっぺたが、人間の幸せの象徴のようで、見ていてじんわり涙が出そうなほどでした。ものすごく女子力が高い娘役トップスターのはずなのに、唯一獠が異性として見ない(まあそれは本命だからですが)女性である、という難しい役どころを、ものすごい説得力を持って体現していました。編集Mは以前から彩風さんと朝月さんの「さききわ」コンビが大好きと語ってきましたが、こんな風に一見わかりやすいLOVEの要素がない作品でも、しっかり根底にある関係性を表現できる二人のお芝居に、この先の無限の可能性を感じました。
朝月さんの香が好きすぎて、獠が他の女性と親しげにするたび香ばりに心の中で100tハンマーを振り下ろしていましたが(ちなみに香ちゃんの振り下ろすポージングがさすが宝塚で超美しい)、後半で香が自分の元を去っていったときの獠が、落ち込んでるところ申し訳ないのですが、いい男すぎてひっくり返りそうでした。作中では名曲Get Wildも聴けます。原作のおいしいところを全部詰め込んできた構成に、演出家の齋藤先生の本気(と書いてマジと読む)を見た気がしました。冒頭の娘役さんの兵士姿や、猫耳をつけた女の子たちなど、「これは先生の趣味かな?」と思いたくなる箇所もあったのですが、本当に思いつく限りの設定を許されるだけ詰め込んだ、特濃舞台化だったと思います。個人的には神回と呼ばれるアニメ版のキスシーンも見たかったですが…漫画の方だけに注力したのと、さすがに尺が足りなさそうなので、この際贅沢は言いません。Get Wildを歌いながら銀橋を渡る彩風さんの姿を見られただけで充分すぎる思い出になりました。ふと『るろうに剣心』で彩風さんが演じた齋藤一が頭をよぎりましたが、彩風さんの、原作をリスペクトしつつものすごい集中力でそのキャラクターとして舞台に立ってる姿が私は好きなんだと思います。それが発揮される作品でトップスターお披露目を迎えられて、大満足でした。
他にもミックを演じる2番手男役スターの朝美絢(あさみじゅん・95期)さん、槇村役の綾凰華(あやおうか・98期)さん、海坊主役の縣千(あがたせん・101期)さんによって物語の奥行きが増しています。最初、海坊主が本物の男性にしか見えなくて衝撃でした。編集Mがひそかに大好きだった娘役の星南のぞみ(せいなのぞみ・98期)さんが今回退団で寂しかったのですが、海坊主の恋人である美樹だったので、それも幸せでした。香と美樹のソファでのガールズトークは、何気ないのにどこかリアルで、令和の娘役史に残る名場面だと個人的に思っています。原作への愛をたくさん感じつつ、彩風さんの獠のいい男ぶりに終始心臓が3センチくらい縮まっているようなお芝居でした。
ショー:『Fire Fever!』
続いてショーですが、これまた彩風さんの本領発揮!長い手足で縦横無尽に踊り、歌い、また踊り、とにかく踊り、そしていろんな衣装で長すぎる脚を存分に見せてくれる、ありがたい気持ちにしかならない55分でした。私たち、フレッシュです!と高らかに宣言するかのような、組子総出でのダンスパフォーマンスの多さ。フルマラソン級なのでは、とだんだん心配になってくるほどですが、彩風さんを中心に日に日に勢いを増していく舞台に、途中から涙が止まらなくなりました。人間は処理しきれない大きい感情を正面からぶつけられると、涙が出るものなのだとわかりました。
ショーの目玉は宝塚の名物のひとつでもあるラインダンス。しかも雪組生79名による、超特大ラインダンスです。宝塚の舞台は他の劇場に比べてもかなり広いのですが、その花道の端から本舞台を通って反対側の花道の端まで、男役・娘役がずらりと並んで見事な足上げを披露してくれます。その壮観ぶり!一糸乱れぬストイックなダンスの中心に、トップスターの彩風さんがいる。新しい組体制の始まりに、これほど一体感のある演出を見ることができるのは、とても幸せだと思います。さらに朝美絢さんをはじめとする男役スターさんのダルマ姿という非常にレアな姿も拝めます。余談ですが私が彩風さんを見て最初に度肝を抜かれたのが「ナルシス・ノワールⅡ」のロケットだったので、お披露目公演でまたロケットをしている姿を見られてとても感慨深かったです。
その他の場面でも、雪組スターさんたちの活躍ぶりがたっぷり楽しめます。朝美さんの美しいご尊顔はヅカファンの間では有名ですが、今回はその喉の強さに編集Mは驚きました。綺麗な顔で自在に声を操るなんて、とんでもない人だと思います。綾凰華さんのはらりと垂れる前髪と銀橋からこぼれ落ちそうな色気や、常に心に太陽がありそうな縣千さんの抜群のスター感も追随します。ショーの終盤では、下級生によるスーパー身体能力お披露目タイムみたいな場面があり、目を疑うレベルで踊りまくるタカラジェンヌが観られます。宝塚ってすごいところなんだな…と改めて実感しました。
しかし真打ちは、トップスター彩風咲奈。一番沼だなと思ったのは「Concrete Jungle(真夜中の炎)」という場面の、シンプルなスーツ姿の男役群舞です。組によって男役のキザりかたに違いがあると思うのですが、雪組の男役は非常に手堅く、真面目な感じがします。彩風さんの群舞は理性的で、乱れません。綺麗な型通りに踊るのですが、それがあまりにきっちりしていて、なんならちょっと遊んでもいいですよ?と言いたくなってくるほど。でもそれがいい。軽いノリでキャーキャー言うのは簡単でも、こういうタイプの人には気軽に格好いいとか言えない。本気でないと言えない。でも格好いいって言いたい…つまり本気ってことですね…という感じの沼。一人の女性に誠実そうなのに、それが劇場2000人に対してのパフォーマンスである、という訳のわからない矛盾を叩き出してしまう。スターとは得てしてそういう生き物ですが、彩風さんはとりわけその矛盾が際立つ、なんともいえない不思議な男役さんだと感じました。ちなみにフィナーレで彩風さんが総スパンコールの衣装があるのですが、すらりとしたラインの衣装にスパンコールが合いすぎて、「こんなに総スパンが似合う人がいるか?」とひたすら感動していました。彩風さんの衣装に着けられたスパンコールもさぞ幸せだと思います。
そんなスターの矛盾が、矛盾でなくなる瞬間があります。それが朝月さんと踊っているときでした。彩風さんが朝月さんを見る、その視線の包み込むようなあたたかさと、優しさ。それを受ける朝月さんの瞳も肌もキラキラ輝いていて、ああ今私は人の形をした幸せを見ているのだ…とそっと心の中で合掌したくなりました。デュエットダンスで彩風さんが朝月さんを抱きしめる瞬間の、二人の表情は、何度見ても泣きそうになります。幸せなのに、そこはかとなく切ない。刹那の高揚感と、すこし別の力が加わったら消えてしまいそうな儚さと、でもそれすら受け入れてしまいそうなお二人でした。あの胸がギュッとなる感じは、宝塚という世界ならではのものかもしれません。
組の体制が変わる瞬間というのは、いつでも希望と幸せに溢れる一方で、偉大な先輩スターの影もよぎるものです。ですが今回、どこまでもストイックに舞台と向き合う彩風さんと朝月さんを見て、この先の雪組がまた新しい方向にどんどん広がっていくんだろうと感じました。だからそこに、思い切って一緒に飛び込んでいけるファンでいようと思います。現代らしいスタイリッシュさ、朗らかなフレッシュさ、子犬のような可愛らしさ、突然降りかかってくる色気、信じがたいスタイルの良さ…新トップスター・彩風さんの魅力の真髄は一体何なのか――1人では解けない愛のパズルを抱いて、今夜も眠ろうと思います。
以上、ヅカオタ編集Mによる、雪組公演『CITY HUNTER-盗まれたXYZ-』『Fire Fever!』観劇感想でした。こちらの作品はすでにBlu-rayとDVDが発売されています。さらに11/14の千秋楽はライブ配信も予定されているので、詳細はぜひ宝塚歌劇団公式サイトをチェックしてみてください!
そもそも宝塚歌劇団とは?
花、月、雪、星、宙(そら)組と、専科から成る女性だけによる歌劇団。男性役を演じる「男役」と女性役を演じる「娘役」がおり、各組のトップスターが毎公演の主役を務める。兵庫県宝塚市と千代田区有楽町にそれぞれ劇場があるほか、小劇場や地方都市の劇場でも年に数回公演をおこなう。
公式サイト:https://kageki.hankyu.co.jp/
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