注釈。のっけから宣伝っぽい話をするので不快に思われるかもしれませんが、途中から宣伝っぽくなくなってくるので、つまりこの宣伝は宣伝でありながら伏線ともいえるわけで、最初はしんどいかもしれませんが、どうか冒頭で躓かずに最後まで読んでいただけたら幸いです。よろしくお願いします。注釈終わり。
七月の初旬に、自身二作目となる小説を出版した。川谷絵音さん率いるロックバンド・indigo la Endとのコラボ作品ということで、同バンドのアルバム『夜行秘密』の楽曲をベースに一本の長編小説を書いた。「音楽から小説を作る」という、ある種の二次創作のような挑戦は、いろんな意味でプレッシャーがかかる。ましてや、お相手はコアなファンも多いといわれるindigo la End。十年のキャリアを持つバンドに失礼な真似はしたくない。楽曲へのリスペクトが最優先と脳裏に刻んで、執筆に挑んだ。
最初に始めたのが、歌詞を解釈することである。アルバム発売より前に送ってもらったドキュメントファイルをじっと見つめて、自分なりに歌詞の解読と推察を試みた。当然、困難を極める。
アルバムが発売となったのは今年の二月のことで、小説を書き始めて一カ月が経った頃だった。そこでようやく、歌詞カードを手にした。綺麗にレイアウトが組まれた歌詞は、ドキュメントファイルと同じ文字情報であるはずなのに、何倍も切なさが滲み、何十倍も情緒に溢れていた。
デザインひとつでニュアンスや世界観すら変わる「言葉」というものの脆さと儚さと繊細さ。カラオケやテレビ番組のテロップでは気付けない、改行ひとつに込められたアーティストの狙いと想い。そんなものをヒシヒシと感じてしまって、歌詞カードの持つ魅力に、改めて気付かされることとなった。
そんなことを、ある日、友人に話した。「わかる。電車で歌詞カード読んでる女子がいたら、一発で好きになっちゃうもんな」と、真面目な顔で言ってのけたのが、長谷川という男である。私はただ歌詞カードの話がしたかっただけなのに、ここから長谷川による、大きな脱線が始まる。
「ネットで調べりゃいくらでも情報が手に入る時代によ、きちんと歌詞カード開いて、作り手の気持ちを汲み取ろうとするその誠実さね?そういうところに人の魅力って、出るのよね。『電車で歌詞カード女子』は、やっぱり最強ですよ」
〝電車で歌詞カード女子〞。シチュエーションが特殊すぎて、彼の性癖にしか思えない。いや、実際に歌詞カードを電車の中で読む女性はいるだろうけれど、そんなあだ名を付けられるくらいならいっそ潔く鞄にしまって寝たフリでもするだろう。
でも、恥ずかしいことに、長谷川の気持ちがちょっとだけわかってしまう自分もいる。電車で歌詞カードを読んでいる女性を「好き」か「嫌い」かで尋ねられたら、間違いなく好きだ。それも、結構好きだ。悔しいけれど、それは長谷川の言うとおりだ。
その後も、長谷川は好き勝手に〝電車の中で見かけたら一瞬で恋してしまうであろう女子〞の妄想を繰り広げた。i Podクラシックをヘッドフォンに繋いで聴いている女子。一世代前の携帯ゲーム機で遊んでいる女子。フィルムの一眼レフカメラを大事そうに抱えている女子。
興奮気味に列挙する友人に、「ちょっと古い感じが好きなだけじゃねえか」とツッコんだら、これが図星だったようでギャハハと笑ってから、彼はどこか遠い目をしてしまった。その後、長谷川が負け惜しみのように言った一言が忘れられない。
「でもそういう女の人って、大抵は『シンプルな白シャツが似合って、ロン毛で、不精髭が様になってて、夏でもやや細身のデニム穿いてて、家に猫飼ってて、趣味はサボテンに水やること』みたいな、要するにオダギリジョーみたいな雰囲気の男が好きでしょ」
やってらんねーよと長谷川が言った。こいつは何と戦っているんだと、同じく〝オダジョー男子〞に負けた気分でいる私も思った。
この記事を書いたのは…カツセマサヒコ
1986年、東京都生まれ。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)が大ヒットを記録し、2022年に映画化を控える。今年7月、二作目となる小説『夜行秘密』(双葉社)が発売。
イラスト/あおのこ 再構成/Bravoworks.Inc
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