普段、ライターと小説家の「二足の草鞋」で飯を食っている。どちらの売り上げが高い、低いといった議論はさておき、どちらも読者がいないと成り立たない、という意味では似たような儚さを背負った職業だと思う。
少しでも多くの人に記事や書籍を読まれるようにと、数年前から「公式LINE」を始めた。登録してくれた人達に情報を一斉送信できるだけでなく、登録者からのダイレクトメッセージも受け取ることができる。多くの公式LINEは、自動で既読・返信するように設定されているものが多いが、なぜか今のところ、メッセージは全て自分で読んで、余裕があれば返すようにしている。
普段から恋愛にまつわるコンテンツを作っているせいか、愛や恋、性についての相談や愚痴が多い。中には「付き合ってみた男性が既婚者だった。本妻になるためにはどうすればいいか」などのアグレッシブな相談も届く(この相談は華麗にスルーしました。すみません)。こういった内容が興味深いので、暇を見つけては三万人超の登録者から届くLINEを読みふける。誰にも打ち明けられないことを、打ち明けてもいい場所。そういうのがこの時代には少ないのかもしれない。平和に暮らしている限りは知り得もしない話が流れてきて、それによって真の意味(?)での多様性を思い知らされたりしている。
先日も、なかなかシビアな相談が届いた。
新緑が街を覆った五月の週末のことだった。ある登録者から、白と黒、対照的な二色のワンピースの写真が送られてきた。拡大すると、どちらも細かな花柄模様があしらってある。「どっちがいいと思いますか?」
デートなのかな、と思った。意中の人に少しでも好かれるため、着ていく服にも十分に配慮したいが、自分では判断がつかない。異性としての立場から、白か黒、どちらのワンピースがより好印象か意見が欲しい。そんなところだろうか。
アイコンを見るだけでは、その人がどんな体型や顔立ちをしているか、わからない。だから回答も、当たり障りない範囲でしか言えない。「細く見られたいなら、黒。やさしく見られたいなら、白かな」
私はそんなふうに答えた。送信ボタンを押してから見返してみる。一見、当たり障りないようでいて、実はそもそも、回答になっていないことに気付く。「どっちか?」と聞かれたら「こっちだ」と答えればいいのに、ただ曖昧に濁している。
嫌われるのが怖いし、センスがないことがバレたくない。だから、逃げ道を残したような回答ばかりしてしまう。同じような理由で、何かを「決める」こと全般が苦手だ。初対面の相手と「軽く飯でも行きますか」といった空気になったとき、三十分くらい店を決められなかったことを思い出した。思い出すたび泣きたくなる。
今回の質問も、せめて「どう見られたいかじゃなくて、どんな気分でありたいかが大事でしょ」とか、そういう格好良いことを言えばよかった。でも咄嗟には出てこないし、そのときベストと思った回答が、アレだった。公式LINEに、取り消しボタンはない。
送られたメッセージには、数秒で既読がついた。なんと返ってくるだろうか。曖昧な回答がわずかでも彼女の背中を押していることを願った。もやもやとした不安を抱えながら画面を見つめていると、返事が届いた。
「お金貸してって言われない服は、どっちですか?」そっちかーい。
悩む次元が違った。細く見えるとかやさしく見えるとか、彼女にはそんなのどうでもよかったのだ。金銭をせがまれるような格好でなければいい。相談者が望むのはそれだけである。そんなことってある?そもそも会うなよと言いたい。でも、言えない。きっとクズだとわかっていても、好きな男ではあるのだろうな。そんな気がした。その気持ちを察しながら「だったら黒かな」と答えた。何が「だったら黒かな」だと内心でツッコんだ。
この記事を書いたのは…カツセマサヒコ
1986年、東京都生まれ。小説家/ライター。デビュー作『明け方の若者たち』(幻冬舎)がベストセラーとなり、2022年に映画化を控える。ツイートが共感を呼び、Twitterフォロワーは14万人に。
イラスト/あおのこ 再構成/Bravoworks.Inc
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