漢字の読みの中には、同じ意味でも、別の読み方が存在するものがあります。本来の読み方であったものが、他の熟語の読み方にひかれたりして誤読され、多くの人が使うことによって、やがて許容されていくという道をたどったものが多くあります。今は二通りの読みが認められているとしても、許容や慣用を誤読と考える人も全くいないわけではないので、本来はどちらの読みだったのかを知ることも時には必要でしょう。今回はそんな言葉を取り上げます。
1.「早急」
「ソウキュウ」か「サッキュウ」か?
最初は、「早急」です。「早急に確認いたします。」などのフレーズは、仕事上でもよく使われる言い回しの一つではないでしょうか。皆さんは、「ソウキュウ」派ですか?「サッキュウ」派ですか?
「早」の字の音読みは、常用漢字表にも「ソウ・サッ」の二つが示されています。多くの国語辞典では、「サッキュウ」が見出し語として使われ、その語釈の中に「ソウキュウとも」とありますので、本来は「サッキュウ」と読むべき言葉と考えます。「早」の字を含む熟語は、「早期」「早朝」「早退」のように、「ソウ」と読むものがほとんどですが、この「早急」の他に、「早速」は「サッ」と読みます。あわせて覚えておきましょう。
2.「重複」
「チョウフク」か「ジュウフク」か?
次は、「重複」です。常用漢字表の「重」の字の音読みは「ジュウ・チョウ」の二つが示されていますが、「重複」はどちらで読みますか?
この言葉は、「一つあればよい物事がもう一つよけいにあること」という意味ですが、国語辞典の見出し語としては「チョウフク」が使われ、語釈の中に「ジュウフクとも」とあります。つまり、本来は「チョウフク」でした。もともと、「重」が「重い」ではなく、「重なる」という意味の場合に、「チョウ」という読みがあります。旧暦の九月九日を「重陽(チョウヨウ)の節句=菊の節句」と読むのはこれですね。また、また、「重宝(チョウホウ)」「貴重(キチョウ)」「尊重(ソンチョウ)」のように「大切だ・重んじる」の意味でも「チョウ」と読む熟語があります。しかし、全体的には、「ジュウ」と読む語のほうが多いために、それにひかれて「重複」も「ジュウフク」と読むほうが優勢になってしまいました。
ただし、そう読む人が増えてしまったために、「ジュウフク」という読みが許容となっていったわけですから、「チョウフク」と読んでおいたほうが無難です。また、衆議院選挙の際の「重複立候補制度」などは、「チョウフク」ではないと、おかしいですよね。
3.「依存」
「イソン」か「イゾン」か?
最後は「依存」です。常用漢字表の「存」の音読みは、漢音「ソン」とそれよりも古く伝わった呉音の「ゾン」の二つが示されていますが、熟語「依存」の読みはどうなのでしょう。
この言葉は、「力のある他の人や物によりかかることによって、生活や存在が成り立つこと」という意味ですが、現在、多くの国語辞典は、見出し語としては、濁らない「イソン」を立て、語釈の中に「イゾンとも」と許容であることが示されています。しかし、実際のところ、現在は「イゾン」と読む人のほうが多いはずです。放送界でも、そうした世の中の使用状況を反映させて、本来の「イソン」ではなく、「イゾン」の読みを優先させることとした(2014年)というふうに変化してきました(NHK放送文化研究所HP)。この「依存」だけでなく、「共存」「現存」「残存」も同様の扱い(ソン→ゾン)となっています。もちろん、「一存」「実存」「存命」「存外」など、「ゾン」の読みしか認められていないものもあります(「存」が「ある」の意味ではなく、「思う」の意味である場合の多くは「ゾン」と読む)。
なお、どちらが本来の読み方かという問題に関してですが、辞書の見出し語となっているほうであるパターンが多いのですが、この「依存」は、実はそんなに古い言葉ではなく、昭和以降に用例が見え始め、辞書に載り始めたころから、すでに「イソン」「イゾン」の両方があったようです。ですから、どちらかに軍配を上げることは難しそうです。ちなみに、「イゾン」と読むと、同音異義語に「異存」(こちらは「イゾン」の読みのみ)があるということもあり、私は「イソン」の肩を持ちます。
今回は、いわゆる「揺れる読み」について考えてみましたが、言葉は生きているということを実感しますね。では、また次回。
《参考文献》
・「広辞苑 第六版」(岩波書店)
・「新明解国語辞典 第八版」(三省堂)
・「明鏡国語辞典 第二版」(大修館書店)
・「新字源」(角川書店)
・「なぜなに日本語もっと」(三省堂)
・「つまずきやすい日本語」(NHK出版)
文/田舎教師 構成/CLASSY.ONLINE編集室
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