カツセマサヒコ「となりの独り」 vol.3【web連載小説】

旬の作家たちが揺れ動く30代の恋愛を描く、CLASSY.ONLINE限定アンソロジー。毎週水曜21時に公開します。最終回はカツセマサヒコさんの『となりの独り』を連載。

これまでのあらすじ

「僕(ヨイチ)」は三十代に入ってから、よく遊んでいたコッシー、ナナちゃん、志賀原(しがはら)の環境が変化し、皆で旅行するのもままならなくなっていることに寂しさを覚えていた。そんなとき登録したマッチングアプリで出会ったハルさんと、USJと、ニンテンドーミュージアムに行きたいという話で意気投合する。しかし彼女は、「私たち、友達になりませんか」と提案してきて…。

「東京からUSJまでって言ったら、それはもう、お泊まりデートってことじゃないの?」

 右隣に座るナナちゃんが、煙を吐き出しながら言った。

 横浜駅に直結している飲食店街はピークタイムを過ぎていて、空席が目立ち始めている。九時過ぎから飲み始めた客は、僕らだけみたいだった。

 横浜中華街の近くにある劇場で、岸田國士戯曲賞を獲った作品の再演があった。いつものように四人で観た後、志賀原は仕事が終わらないからと帰宅し、残ったコッシーとナナちゃんと三人で、軽く食事をすることになった。

 僕はまだ飲み物すら運ばれてこないうちに、USJの単語が出てこなかったハルさんの話を始めていて、二人に意見を求めた。

「さすがに、脈アリだと思うけどな」

 コッシーも、ナナちゃんの意見に同意みたいだった。

「しかも、ニンテンドーミュージアムまで行ったら、さすがに二泊決定だしな」

「うん。二泊のお泊まりデートは、だいぶガチだよね?」

「だな」

 盛り上がる二人のやりとりを聞いていると、嬉しくもなってくる。しかし、記憶に鮮明に刻まれているのは、ハルさんとの、最後のやりとりだった。

「友達になりませんかって言われたんだよ、はっきりと」

「そこ、マジで謎なんだよなあ」と、二人が声を揃えて笑った。女心がわからない、と男同士で言うならわかるが、ナナちゃんも同じ反応のようで、ますます僕は、ハルさんのことがわからなくなる。コッシーが、店員さんから飲み物を受け取り、お礼を言った。

「でも、そんな旅行したらさ、それこそ男女の友情とか、言ってられなくなっちゃうんじゃねーの」

「うん、僕もそう思う。でも、対面で話してる限り、絶対に恋愛になんかしねーぞ! って決意を感じたのよね」

「ハルさんから?」

「そう」

「そりゃ、初対面でグイグイいくのは、恥ずかしかったからじゃなくて?」

 ナナちゃんはそう推理した。そんな希望的観測も、もちろんしたのだが、僕にはほかにも気になることがあった。

「帰り際にさ、恋とか、もうできないんじゃないかって話もしたんだよ」

「どゆこと?」

 お互い独身なのに? と、向かいに座るコッシーが、わずかに首を傾けた。僕はハルさんと交わしたやりとりを、改めて思い出す。

「三十代の恋愛なんて、ほとんど通過駅でしかないですよね」

「通過駅?」

「ええ。三十代って、純粋な気持ちで恋愛しようと思っても、すぐに結婚とか、出産とかがチラついちゃって、結局、現実的なことばかり考えちゃうじゃないですか。お金とか、生活とか」

「ああ、わかります、本当に」

 深く頷いた。非の打ち所がない事実に思えて、僕も続けた。

「若い頃は、もっとシンプルに恋をしていて、お互いだけを見ていればそれでよかった。映画によくあるような、無鉄砲に走り出す感じとか、切なくすれ違う感じとか。そういう、恋そのものの楽しさにもっと酔えていたはずなのに、今ではそれらが、ショートカットされるっていうか」

 自分で話していて、切なくなる。そして、マッチングアプリを開いてみれば、三十代の男には経済的な価値が求められるようにできているのだ。働く女性も増えてきたとはいえ、恋愛市場ではまだまだ、男は稼ぐ力が求められている。

「そんなことねーだろー」と、届いたばかりの枝豆を剥きながら言ったのは、コッシーだった。

「じゃあ不倫してるやつはなんなんだよ。あいつら、四十過ぎても、バリバリ恋してるじゃん」

「そりゃ、ゴールがないからでしょ」

 今度はナナちゃんが即答するが、コッシーはピンときていないようだ。

「どゆこと?」

「だって、恋愛の先に結婚が終点として存在するとして、不倫には、そのゴールがないじゃん。飽きるまで無責任に、同じとこをグルグル回ってられんだから、そんなの楽しいに決まってるじゃんってこと。ごっこだもん」

「じゃあ、不倫は、山手線ってこと?」

「そう。恋は、中央線」

「いや、例えが電車なの、わかりづらいって」

 僕が突っ込むと、「通過駅とか言い出したの、ヨイチさんじゃん」とナナちゃんに諭されて、三人で声を上げて笑った。

 こういう時間。こういう時間が続くぶんには、本当に楽しいのにな、と、改めて思ってしまう。

 おでんと唐揚げが運ばれてきた。余程腹が空いていたのか、コッシーがすぐにそれを箸で掴んだ。

「まあ、とりあえず、次に会うときにさ、終電逃して泊まれるか、試してみいよ。その結果さえ見りゃあ、わざわざUSJまで行かなくても、答え合わせはできるっしょ。そこで同意が取れなかったら、もうお友達確定だし、USJも恋愛感情も捨てて、友情を育むしかないね」

 誘うだけなら、タダか。

 酔いのせいか、僕はそんなことを思って、コッシーの助言に、曖昧に頷いた。

vol.4に続く

イラスト/日菜乃 編集/前田章子

カツセマサヒコ

1986年、東京生まれ。大手印刷会社、編集プロダクションを経た後、2017年独立。2020年、『明け方の若者たち』で小説家としてデビュー。近著に『ブルーマリッジ』(新潮社)『わたしたちは、海』(光文社)など。

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