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カツセマサヒコ「それでもモテたいのだ」【「いろいろあったよ」と笑って言えたら…】

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カツセマサヒコ「それでもモテたいのだ」【初デートなのにシングルライダー】

三十五年も生きていると友人のう

三十五年も生きていると友人のうちの何人かが飲食店を始めて、そこに客として遊びに行くことも増えてくる。五名入れば窮屈になる小さな日本酒専門店、絶対にグルメサイトに掲載させない頑固なうどん店、表向きはコーヒーショップだが隠し扉を潜れば小洒落た空間が広がるバー。
「友達が店を出したからさ、ちょっと祝いがてら、飲みに行こうよ」なんて鼻につく誘い文句を少しこなれた様子で言えるようになったのも、ここ数年のことである。
とある街に混ぜそば専門店があって、そこの店主もやはり、私の高校時代の同級生が務めている。彼とは同じクラスになったことがないけれど、共通の友人がやけに多かったことから自然と仲よくなって、しかし学生時代によくある流れのとおり、高校を卒業してからはパタリと連絡も取らなくなっていた。そんな旧友が飲食店を始めたと風の便りに聞いて、初めてその店に食べに行ったのはもう五年も前のことになる。学ランに身を包んでいた頃は「飲食店をやりたい」なんて彼の口から聞いたことがなかったし、私だって当時の夢は高校教師だったはずだ。それが彼は混ぜそば店の店主となり、私は物書きとなるのだから、やはり人生は予想できるものじゃない。卒業から十年以上が経った旧友とカウンター越しに再会を果たすとは思いもせず、その時は近況報告をするにもやけに照れ臭かった。
そこからさらに時が経ち、つい先日。別の同級生の結婚式に参列したところ、久しぶりにその混ぜそば店の店主とも再会することになった。披露宴会場で指定された丸テーブルに着くと、高校時代の仲間は私と混ぜそば店の彼しかおらず、自然と会話の内容は五年前の続きのようなものとなった。
「最近どうなの?」と濁すように聞けば、彼の店はコロナ禍をどうにか乗り越えて、今でも同じ場所で店を続けられているという。離れていった客もいたが、残ってくれた人も多い。その土地に必要とされる店になった証拠だと思い、率直に嬉しく思った。すごいじゃん、よかったじゃんと伝えると、彼は少し照れたあと、目の前のグラスを見つめたのちに言った。「でも、本当にいろいろあったんだよ」そりゃあ、五年も経てばね、と私も返す。
しかし、彼が話す「いろいろ」は、私の想像をはるかに超えていた。「前に、店に泥棒が入ってさあ、その犯人が捕まったんだけど、その犯人、店で一番長く勤めてくれてたバイトの子だったのね。本当、まさかじゃない?」どう考えても、結婚式の披露宴のテーブルでする話題ではなかった。でも彼は実に楽しそうに、その時のエピソードを話して、不謹慎ながら(本当に不謹慎だ!)私もケラケラと笑っていた。久々に飲んだシャンパンに酔っていたのもあると思うし、彼は今日まで何度もこの話をしてきたのだろう。オチまでの運びがあまりに流暢だったことも笑いの要因だと思った(そして、これ以外にも誌面に書けないような凄絶な経験を、彼はいくつも乗り越えてきていた)。
「今だからこうやって笑い話にしてるけどさ、当時は本当に大変だったからね?人間不信もいいとこでしょ」穏やかに笑いながらそう言われて、十八歳かそこらの私たちは、この未来を想像できていたのだろうかと改めて考える。本当に遠くにきたもんだなあと感じる一方で、この二十年弱の自分の人生がいかに浅くありふれていたかを実感させられる。
「そっちだってすごいじゃん。小説書くなんて、普通できないよ?」自分の話題を振られても、なんだか居心地が悪いのは、小説を書くことよりも、小説のような波瀾万丈な人生に憧れていたからだろうか。苦労した経験を笑って話せる人の強さや優しさに、憧れているからだろうか。
「まあ本当、三十五年も生きればいろいろあるね」改めて穏やかに笑う彼は、自分よりも何歳も若く見えたし、自分よりよっぽどしっかりした大人にも見えた。

この記事を書いたのは…カツセマサヒコ

1986年、東京都生まれ。デビ

1986年、東京都生まれ。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)が大ヒットを記録し、2021年12月に映画化。二作目となる小説『夜行秘密』(双葉社)も発売中。

イラスト/あおのこ 再構成/Bravoworks.Inc

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