カツセマサヒコ「それでもモテたいのだ」【後天性の雨男になりました】

これまであまり考えないようにし

これまであまり考えないようにしていたけれど、いよいよ自覚せざるを得なくなってきたことがある。雨男になったかもしれない。この「花粉症になったかもしれない」に近いニュアンスでお届けする「雨男になったかもしれない」だが、当事者としては極力認めたくないのが本音だ。雨男と自覚した途端、それみろと言わんばかりに外の天気は荒れに荒れ、行く先々でびしょ濡れになってしまう可能性がある。そうなればある意味、私こそ天気の子。「ねえ、今から雨だよ!」などと言って、運動会や遠足を死ぬほど嫌う子供たちを救える日が来るかもしれない(いや、来ない)。
少しずつだが確実に、「雨男かもしれない問題」の被害を受けつつある。ラジオにゲストが来る大事な日に限って、嵐に見舞われる。映画のトークイベントに、一〇〇名の観客がズブ濡れで現れる。洗車をするとその日の午後は確実に雨。そのほか大体、行事の日は雨。咳をしても、雨。若い頃はそんな悩みを抱えたことなど一度もなかった。学校行事でも貴重なデートでも引退試合でも、大体は青空が私を迎え入れてくれた。その日の降水確率が六十パーセント程度なら、おそらくこの「晴天力(せいてんりょく)」をもって覆せるだろうと本気で信じていた。十年近く前に、結婚式を挙げた。「花粉症がしんどくない時期」という妻の希望と「暑くない時期」という私の希望と「いいからできるだけ早くしろ」という親の希望を全て叶えた結果、式は五月に挙げることになった。
「外でケーキを食べるガーデンウエディングがしたい」「風船を空に飛ばしたい」などと、リア充さながらのエンタメ要素を全部載せした式だった(若かったんです、本当に)。もしもあの日、雨が降ったら。ケーキは狭い屋内に押し込まれ、空高く飛ぶ予定だった風船は、しれっと会場内に飾られて終わったはずだ。しかし、前々日までグズついていた空は、当日になって突き抜けるように晴れ渡った。雲ひとつなく、水彩画で描いたような心地よい水色だけが、そこに広がっていた。「ほらね、やっぱり晴れたじゃん」当時の私は無敵だったのだ。若くて勢いがあり、天候すらも味方につけた。しかし、過去の自分に言いたい。今にお前は嵐を呼ぶ男になるぞ、と。
最初に違和感を覚えたのは、今年の夏のはじめのことだ。小説の新刊が発売されたので、都内の書店に挨拶まわりに行くことになった。書店まわりに当てられた日数は、三日。この間に、三十近い書店を巡る必要があった。書店まわりの間、出版社の担当さんは両手に大きな販促グッズの入った紙袋を持って歩く。「サイン付きポスターとか貼っていただけませんか。店頭にPOP飾りませんか。色紙のサイズ二種類ありますけど、どうですか」私の本をゴリゴリにプッシュするための営業道具が、この紙袋にはたくさん詰まっている。これがやたらと重たそうで、一緒に歩いているだけでただただ申し訳ない気持ちになる。「それ、持ちましょうか?」「いえ!結構です!」を何度も繰り返して、書店をまわる。そんな大荷物なのだから、極力移動はスムーズに行きたい。私も出版社の担当さんも、もちろんそう考えていた。しかし現実はどうだ。割り当てられた三日間、その全日程をのっぴきならないゲリラ豪雨が襲った。あれは令和の夏の悲劇だった。「カツセさんって、もしかして雨男ですか?」
タクシーの中、いよいよ三日目にしてバスタオルのような大きさのタオルを取り出した担当さんが言った。「いやー、あの、晴れ男だったはずなんですけどねー」「あー、じゃあ、雨男に変わったのかもしれないですね」「え。あれ、変わるとかあるんですか?」「いやー、あるんじゃないですか?後天性の雨男。はは」書店まわりを終えた翌日、嘘みたいな快晴が街を覆った。あの日から少しずつ、自分を信じられなくなっている。

この記事を書いたのは…カツセマサヒコ

1986年、東京都生まれ。デビ

1986年、東京都生まれ。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)が大ヒットを記録し、2021年12月に映画が全国公開予定。二作目となる小説『夜行秘密』(双葉社)が発売中。

イラスト/あおのこ 再構成/Bravoworks.Inc

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