NEWS 増田貴久・主演ミュージカル『20世紀号に乗って』ゲネプロレポート【辛酸なめ子の「おうちで楽しむ」イケメン2024 vol.56】

好評のうちに東京公演千秋楽を迎えた、NEWSの増田貴久さん主演ミュージカル『20世紀号に乗って』(大阪公演は4/5~4/10上演)。’30年代に書かれた戯曲によるブロードウェイミュージカルの名作として宝塚歌劇団でも上演された今作で、増田さんが2年半ぶりに舞台に主演。増田さんののびやかな歌声とチャーミングなキャラクターを往年の名曲とともに楽しめるこの舞台のゲネプロを辛酸さんにレビューしていただきました。

キャストとともに観客も「20世紀号」に乗って'30年代のアメリカへ

歌唱力に定評がある増田貴久がミ

歌唱力に定評がある増田貴久がミュージカルで主演。ブロードウェイ・ミュージカルの名作『20世紀号に乗って』の主人公のオスカー・ジャフィ役で、珠城りょう、小野田龍之介、戸田恵子などの実力派と共演。 演出を務めるのは振付家・演出家として活躍しているクリス・ベイリーという豪華な面々です。舞台は約100年前の1930年代初頭のアメリカ。演出家でプロデューサーのオスカーは手がけた舞台が興行的に失敗し、逃げるようにしてシカゴからニューヨークに向かいます。乗車したのは「20世紀号」という名の特別列車。正規の乗客から豪華客室を奪って占拠と、出だしから強引ですが、なぜか増田貴久が演じると憎めない感じで受け入れられます。金髪と黒のツートーンカラーのヘアで前髪をオールバック気味にしていて、業界人っぽい雰囲気が出ています。増田貴久演じるオスカーと、マネージャーのオリバー・ウェッブ(野田龍之介)、宣伝担当のオーエン・オマリー(上川一哉)は、20世紀号の特別室Aに陣取るのですが、かなりゴージャスな内装で革張りのソファーが置かれ、壁には絵画が飾られています。この列車のモデルになったのは1902年から1967年にかけて、実際にニューヨークとシカゴ間を走っていた「20世紀特急」。走るファーストクラスのような印象です。飛行機のファーストクラスと同じく、特別室の乗客同士で交流する、社交界のようになっていたのでしょう。舞台では、列車がニューヨークに到着するまでの間の人間ドラマが描かれます。増田貴久は「OVO」のインタビューで舞台で演技することのおもしろさを聞かれて「同じ空間にいて、同じ時間に違う世界に連れていける」と語っていました。観客も一緒に20世紀号に乗って別の世界に移動する疑似感が味わえます。

100年前にもあった「蛙化現象」!?

「あれは輝かしい失敗だった。俺は終わりだと言われる度に、♪立ち上がる~♪」パワフルな美声を響かせる増田貴久。他の出演者がミュージカルらしい歌唱法で歌うなか、素直で伸びやかな歌声がいい意味で際立っています。クリス・ベイリーによる振り付けも、「ヘビ」という歌詞に合わせてヘビの手の形をしたり、ところどころかわいくて癒されます。特別室Aに乗り込んだ3人ですが、実はオスカーには策略がありました。隣の特別室Bに有名な女優リリー・ガーランドが乗ってくる予定で、再起をかけて一緒に仕事をしようと持ちかけるつもりでした。実はリリー・ガーランドは女優になる前はピアノで伴奏を弾く仕事しており、その歌声を聴いたオスカーが彼女を抜擢、女優に育て上げたという過去があったのです。回想シーンで二人の歴史が再現。宝塚出身の珠城りょうがリリーを演じていて、難易度の高いメロディーを歌い上げていました。オスカーとリリーは実生活では恋人同士だったのですが、ぶつかり合うことが多くけんか別れしてしまいました。彼女は恋人のブルース・グラニットと一緒に乗車。二人で犬の鳴きまねをしながらイチャついたり、テンションがおかしいです。名声やハリウッドの雰囲気に酔いしれ、ひとときの恋に浮かれている、という描写でしょうか。リリーは、同じ列車にオスカーが乗っていることを知って警戒。「あの狂ったヒキガエルから私を守って」と彼に頼み「絶対戻らないわ~♪死んだ方がマシ~♪」「二度と会いたくない~♪」と歌います。テイラー・スウィフトの「We Are Never Ever Getting Back Together」のようです。「狂ったヒキガエル」という表現は、蛙化現象に通じるものが。100年前も現在も変わらない女性の本音が現れています。

戸田恵子演じるユニークなキャラクターが登場

一方オスカーは「俺は彼女を愛していた!」と熱い思いをほとばしらせ、「リリー・ガーランドはマグダラのマリアだ!」と、新たな役を演出したいという野望を抱きます。そんな勝手な思いはリリーには届かず……。4度も興行を失敗して落ちぶれたオスカーは相手にしてもらえません。列車には戸田恵子演じるレティシア・プリムローズという謎のマダムも乗っていて、彼女は熱心なキリスト教信者として「悔い改めよ」と書かれたステッカーをいたるところに貼りまくっていました。1930年代の戯曲にしては結構攻めている内容です。彼女は製薬会社の会長で大富豪だと知ったオスカーは、もしかしたらスポンサーになってもらえるかもしれないと期待します。オスカーは年上のマダム扱いがうまくて、すぐに気に入られていました。ヒロインではなく、マダムに感情移入して観るのも楽しいです。オスカーは列車の中でなんとかリリーを口説き落とそうとします。また一緒に舞台を作りたいという熱い思いを歌で表現。

増田がまとうピースフルな空気が舞台をより魅力的に

「僕は君が不滅の女優になる最後のチャンスをあげようとしているんだ」。ハリウッドの映画界で名声を手に入れたリリーは「私は売れっ子あなたはどん底~♪」とかわそうとしますが、「ちやほやされても演技力求められてない~♪」とオスカーに痛いところを突かれます。当時のアメリカでは映画より舞台が本格的で高尚、というイメージがあったのでしょうか。「舞台の君は輝いていた~♪」「ペラペラの街ハリウッド~♪ 君は今腐りかけ~♪」と、言いたい放題のオスカー。でも、エモーショナルで優しくて包み込むような歌声なのでそんなにキツい言葉に聞こえません。歌に乗せれば、シビアな内容でも音の波に乗って相手の心の奥に届く……これこそがミュージカルの真髄です。
「アイディアニュース」の珠城りょうのインタビューでは、「増田さんは、とてもユーモアがあって優しい方なので、オスカーが偉そうで傲慢というだけの人ではなくなっているんですよね」と言われていました。強引で不遜で人格的にも問題があるプロデューサーなのに、増田貴久の醸し出す雰囲気と歌の効果で愛すべきキャラに。さらに、彼の座長としての影響力が波及しているのか、このお芝居に出てくる人、全員人間的でチャーミングで憎めないキャラに見えてきます。生き馬の目を抜くアメリカの芸能界が舞台なのに、どこか牧歌的な人間ドラマが繰り広げられていました。21世紀の芸能界は風紀が乱れ気味ですが、増田貴久がまとうピースフルな空気は、舞台の上でも現実世界でも周囲を浄化してくれそうです。

辛酸なめ子
イケメンや海外セレブから政治ネタ、スピリチュアル系まで、幅広いジャンルについてのユニークな批評とイラストが支持を集め、著書も多数。近著は『女子校礼賛』(中公新書ラクレ)、『電車のおじさん』(小学館)、『新・人間関係のルール』『大人のマナー術』(光文社新書)など。

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