映画や舞台をはじめ、様々なジャンルで唯一無二の存在感を発揮している稲垣吾郎さんが映画『正欲』に主演。11月10日の公開を前にスペシャルインタビューを2回にわたってお届けします。インタビュー前編では朝井リョウさんのベストセラー作品の映像化としてすでに大きな話題を呼んでいる今回の映画についてお話を伺いました。
――朝井リョウさんのベストセラー小説が原作の映画『正欲』。生きる場所や境遇の違う5人の人物の群像劇でもあり、多様性の意味や人とのつながりを描いた今作。オファーを受けたときの率直な思いを教えてください。
「観る前の自分には戻れない」ってかなり大げさな宣伝キャッチが付いていますけど(笑)、作品のテーマがどう観る人の心に届くのか…。すごくデリケートな題材ですし、いろんなとらえ方があると思うので、それなりに覚悟のいる作品だと思いました。でもそういう作品のほうがやりがいがあるし、チャレンジしたことが報われる作品になると思いましたね。岸(善幸)監督の映画は観ていましたし、朝井リョウさんの原作も素晴らしい。岸監督からこの役を僕で、とオファーしてくださっていると聞いて、それはやらないわけにはいかないだろうと(笑)。
――読書家としても知られる稲垣さんですが、原作を読んだ感想はいかがでしたか?
朝井さんの小説はデビューの頃から読ませていただいていて、番組で対談をさせていただいたりプライベートでもお話をしていたという繋がりもありました。原作小説は映画のお話をいただく前に読んでいましたが、衝撃を受けましたね。物語の作り方や群像劇のラストに向けてのまとめ方は朝井さんらしい作品ですけど、こういうテーマも扱うんだっていうのは驚きでした。
――完成作を観たときの、作品としての印象や感想を教えてください。
それはすごい体験だったというか。今作のような映像は、台本があっても想像がつかないですよね(笑)。台詞はもちろんト書きもあって親切な台本にはなっているんですけど、作品ってできあがってみないとわからないので。小説の内容をすべて描いているわけでもないですし、自分が出てないシーンも多いので、どんな作品に仕上がっているのかなという期待を持って観たんですけど…。そうですね、生々しさが強すぎないというか。岸監督の作品はドキュメンタリー・タッチというかエモーショナルで生々しい印象があったんですけど、今作は美しくファンタジーな世界に包まれていたので、それも見やすさに繋がっていたのかな。「キレイな映画だな、心にしみわたる美しい映画だな」と感じました。冒頭の夏月(新垣結衣)が水に包まれているシーンも、学生時代に水を浴びているシーンもすごくキレイでね。映像でどういうふうに水を表現するのか、水の描写は観ていて楽しかったですし、エンディングも未来につながるようなものになっていました。重いテーマではありますけど、僕のなかでは「衝撃作!」っていうより、映像の美しさであったり俳優さんたちの演技の美しさであったり、キレイな映画に仕上げてくださったなと感激しました。
――稲垣さんが演じた検事の寺井啓喜(ひろき)は、いわゆる大多数の側の人。完成作を観て、啓喜を演じたご自身についてはどんな印象を持ちましたか?
とても静かなチャレンジだったなっていうか、静かに演じてたなと思いました。自分で自分を評価するのも変ですけど(苦笑)、僕はいつも映画を観るとき、客観的に見ちゃうんですよね。とても静かに演技していたなという印象で、もう少しアクションを起こせたのかなとも思ったけど、結果として控えめに抑えたアプローチだったかな。監督ともそういうふうにしたいと話していましたしね。観る人にはどう伝わるのかなあ。お芝居ってどうしても、何か派手にやらかしたほうが評価されやすいこともあるので(笑)、地味っちゃ地味だなと思いますけど、今回は我慢することも大切であって――。観る人は最初は啓喜の目線でこのストーリーに入っていくので、何か爪痕を残すというよりも静かに粛々と向き合っていました(笑)。なんか不思議ですよね。僕が今までやってきた作品では、主人公の敵役であったりクセの強い役であったり、人を翻弄するような役が多かったので。特に三池(崇史)さん監督作品の『十三人の刺客』以降は、そういう作品が多かったのでね。そう言った意味では今回は新しい挑戦だったのかなと思いますし、いろいろ挑戦させていただけるというのは面白いですね。
――啓喜は社会的規範に従って生きている真面目な検事ですが、他者の意見を受け入れられないところも。啓喜に共感するところはありましたか?
僕と啓喜は違いますけど、共感した部分もあるのかな。僕はある一定のルールみたいなものを作らないと前に進みにくいというか、案外アドリブのきかないところもあります。真面目じゃないんだけど、ルールみたいなものを作っておかないと不安?なのかな。その不安まで楽しむなんて、カッコいいことは言えない(笑)。ちょっと啓喜っぽいところもあるから、監督が起用してくれたのかもしれないし…。未だに僕は、自分のことが不真面目なんだか真面目なんだかわからないんですけどね(笑)。
――撮影現場で印象的なことはありましたか?
岸監督は一つのシーンに対して多くの素材を撮ってくださる。ぶつ切りではなく長回しで、あらゆる角度から何度も撮るという撮影法なので、芝居がとぎれとぎれにならないのがよかったですね。俳優にとっては任せられてるというか、通して演じられる。岸監督ならではの独特な撮影スタイルだったと思いますし、それが新鮮でした。また現場では、キャストの皆さんが大変な覚悟を持ってこの作品に取り組んだ、気迫みたいなものを感じました。特に、新垣さんとのラストシーンは緊張感があって印象的でしたね。新垣さんをはじめ、磯村(勇斗)くんも佐藤(寛太)くんも東野(絢香)さんも皆さんが本当に素晴らしく演じきっていたので、それが報われた作品になったと思います。
――今作に参加したことで、学んだことや感じたことはありましたか?
きれい事のように聞こえてしまうかもしれないけど、自分の愛する人の大切さとか、何より自分自身を愛することの大切さが一人でも多くの人の心に響けばいいかなって思います。そこにはマイノリティもマジョリティもない気がしていて――。みんな絶対に人には言えないことがあるだろうし、二面性どころじゃなくいろんな面を抱えて生きているから、そんな自分を好きになっていくことがまずは大切だよね。そういう思いは僕のなかでは昔から変わらないし、自分を認めることで他者を認められるっていつも思っています。
稲垣吾郎
‘73年12月8日生まれ 東京都出身●’91年に歌手デビューし、’17年に「新しい地図」を立ち上げる。数々の映画やドラマ、舞台に活躍し、‘10年『十三人の刺客』と’19年『半世界』では複数の映画賞を受賞。近年の主な出演作はNHK連続テレビ小説『スカーレット』、主演映画『ばるぼら』『窓辺にて』、主演舞台『サンソン -ルイ16世の首を刎ねた男-』『恋のすべて』『多重露光』など。
『正欲』
朝井リョウによるベストセラー小説の映画化。息子が不登校になった検事の啓喜。とある性的指向を持つことを隠して暮らす販売員・夏月。夏月と秘密を共有する佳道。誰にも心を開かない大学生・大也。自分の気持ちに戸惑う八重子。無関係に見えたそれぞれの人生が、ある事件をきっかけに交差する…。主人公の啓喜を稲垣さんが演じる。他の出演/新垣結衣 磯村勇斗 佐藤寛太 東野絢香ほか 監督/岸 善幸 原作/朝井リョウ『正欲』(新潮文庫刊)●11月10日(金)公開
撮影/平井敬冶 ヘアメーク/金田順子 スタイリング/黒澤彰乃 取材・文/駿河良美 構成/中畑有理(CLASSY.編集室)