ハンバーグといえば「さわやか」で間違いないと思う。「びっくりドンキー」も頭に浮かんだけれど、あれはちょっと別ジャンルというかもはやディズニーリゾートと同類のテーマパークに近い何かだと感じているので、やはりハンバーグといえば炭焼きレストラン「さわやか」ということで落ち着きたい(あくまでも個人的な感想です)。「さわやか」は静岡県に30を超える店舗を持っているが、逆を言えばそれ以外の都道府県にはどこにも存在しない。
そのせいだろうか、店舗には連日ハンバーグファンが押し寄せ、長蛇の列をつくるという。過去に一度「さわやか」を食べに行ったときは駐車場まで90分近く並んだし、同店では3時間待ちなんてこともザラだと聞いた(こうなるとやはり「さわやか」もディズニーリゾートみたいなものかもしれない)。
そんなに長い待ち時間を乗り越えてようやく初となる「さわやか」のハンバーグを食べた感想だが、これがもう、本当に美味しかった。奥歯で噛み締めるたび、溢れてくる肉汁が食欲を延々と刺激し続けるものだから、いくらでも食べていたいと思った。
やっぱりうまいなあ、「さわやか」。噂に違わぬうまさだなあ、「さわやか」。
大満足で店を出て、車に乗り込んだ。同乗者は四人いて、全員男だ。先輩が運転し、後輩が助手席に座り、同期と私が後部座席にいた。愛知県からずっと、その座り順で静岡まで来た。
「いやあ、食った、食った」
「ねえ、満腹ですわ」
我々はすこぶる満足した様子で、膨らんだ腹にシートベルトを当てた。いい旅だった。何せあんなに美味しいハンバーグで、最後の夜を締めくくることができたのだから。
多幸感で満ち満ちていたはずだった。しかし、車が動き出して駐車場を離れてすぐに、隣に座っていた同期が言った。
「言うほど、美味しくなかったすね」
瞬間、場が凍った。エアコンが急に限界越えのフルパワーを発揮したのかと思った。同期を除いた全員が「おい!」と同時に叫んだ。
「お前な!よくそんなこと言えるな!」
「本当だぞ!美味かっただろ!あれ美味しくないと思うか?普段どんなもん食ってんだ、お前!」
車内は荒れた。お前は人間じゃねえ。いやお前らのほうが人間じゃねえ。言い争いは平行線のまま、小学五年のノリで互いに罵詈雑言を吐き続けた。
しかし、私たちがどれだけ圧力をかけてもなお、同期は「言うほど美味しくない」を取り消そうとはしなかった。「いや、普通に美味しかったとは思ってるんですって。でも、そんな騒ぐほどというか、言うほど、かなあって」
「ばかやろう!美味いに決まってるだろ!お前、なんか別のもん食ってたんじゃねえのか!」
後輩がタメ口でキレた。それが一番おもしろかった。旅行帰りの車中なんて「おもしろい」が一番強いに決まっているので、後輩は味を占めてタメ口でキレ続けていた。
私は、隣に座る同期のことを、密かに尊敬し始めていた。何度も言うが、90分かけて並んだのだ。
その末に食べたものに対して、「言うほど美味しくない」なんて言えるだろうか?私はもう「90分も並んだのだから」という世界最高峰のソースを頭の中でたっぷりとかけてしまっていた。だからどんな味であってもきっと「美味い」と口に出していたに違いない(もちろん「さわやか」のハンバーグは待ち時間ゼロでも美味いと思っていますが)。
それなのに、同期の男は「言うほど」と言い切った。自分の並んだ90分を無に帰してしまうことを恐れなかったのだ。
たとえどれだけ大変なプロセスがあっても、結果は別として素直に受け入れる。それを淡々とこなしていた同期は、あの車の誰よりも大人だったのかもしれない(そして最後まで「いや美味い」と言い続けた先輩と私が一番子供だったのは間違いない)。
この記事を書いたのは…カツセマサヒコ
1986年、東京都生まれ。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)が大ヒットを記録し、2021年12月に映画化。二作目となる小説『夜行秘密』(双葉社)も発売中。
イラスト/あおのこ 再構成/Bravoworks.Inc