カツセマサヒコ「それでもモテたいのだ」【あの時、マカロンさえ買わなければ】

人によく見られたい、という醜く

人によく見られたい、という醜くも肌に馴染みやすい欲のせいで、大変な目に遭うことがある。若い頃はとくにこの欲に振り回されていて、行きたくもない飲み会に顔を出したり、大して好きでもない相手の機嫌を窺ったりしていた。仕事ならともかく、プライベートで、だ。アイツといると楽しい。そう思われたい一心だった。必要とされたくて、嫌われたくなくて、常に周りの表情を窺っていた。つまりは連載タイトルどおりである。モテたかったのだ。男女問わず、さらに言えば自分が大して好きでない人からでさえも、モテたかった。
モテたい人間は、モテない人間である。そしてモテない人間は、時にさまざまな失態を犯す。その日もまた、私はモテたい一心で、ある計画を立てた。いつも通っている美容室の担当さんが、店長になったというのだ。店長とは、つまり、その店で一番偉い人になったということだ。めでたいことである。
私はただの客だった。客なのだから、必要以上に出しゃばることはないのだ。そうとはわかっていながら、その日はモテたかった。ありがとうと言われたい日だった。私は美容師さんへの昇進祝いとして、当時大流行していたマカロンを買っていくことに決めたのだ。「女子にはマカロンプレゼントしとけばいいから。それが一番だから」当時、非常にモテていた友人が言っていた。それを携帯にメモしていたのだ。女子なら誰でもマカロンが好き。そう信じきって、スイーツショップを目指していた。店に着いてまず驚いたのは、マカロンが想像よりもはるかに高かったことである。
(ちょ、スイーツって、こんなにするんだっけ?)新卒で入社したばかりの会社員だった私にしてみれば、それは確かに高かった。私はショウケースの中から最も安い三個入りのセットを注文し、プレゼント包装をお願いした。パステルカラーの、いかにも「女子ってこれが好きでしょ」と男が言い出しそうな色をしたやつを選んだ。これで、ありがとうが約束された。そう思うと、髪を切りに行くのにデートにでも向かうような気分になった。やはりプレゼントはいいものだ。もらうのは反応に困るが、渡すならいくらでも渡したい。そんなことを思いながら、美容室に向かった。
「店長昇進、おめでとうございます」店に入るなり、控えめな笑顔と最低限の動作でマカロンを渡した。電車の中で何度もイメトレしたとおりだ。会計の後で渡すのもいいと思ったが、わざわざ手荷物を預けておいて実はプレゼントでしたなんて流石にしゃらくさい。ここは、序盤にさりげなく渡す方がモテだ。美容師さんは驚いた顔をした後、大きく笑顔を作って、ありがとうと言ってくれた。ほらね、これが大正解だよ。
私は気分良く案内された席に座り、シャンプーでもみくちゃにされ、それはそれは素敵に髪を切ってもらった(美容師さんはとても腕が良かったのだ。店長になるだけのことはあった)。プレゼントを渡した後のヘアカットとは、こんなに心地良いものか。ちょっとした感動を覚えながら、会計に向かった。しかし、問題が起きたのはそこからだった。
「カットで、五千五百円になりまーす」財布を見て、驚いた。なぜかそこには、四千円しか入っていなかったのだ。さっきまで確かに、七千円近くあったはずなのに。頭を回転させると、すぐに思い当たる節があった。マカロンだ。
あの時、マカロンさえ買わなければ(ちなみに当時、クレジットカードを持ち歩くのが怖くて真の現金生活をしてました)。あまりの醜態に、耳の先まで熱を帯びた。まるでちびまる子ちゃんみたいな展開。店長昇進祝いに来たはずの私は、美容師さんに言うほかなかった。「お支払い、来月でもいいですか……」今でもたまに、あの日のことを夢に見る。

この記事を書いたのは…カツセマサヒコ

1986年、東京都生まれ。デビ

1986年、東京都生まれ。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)が大ヒットを記録し、2021年12月に映画化。二作目となる小説『夜行秘密』(双葉社)も発売中。

イラスト/あおのこ 再構成/Bravoworks.Inc

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