トリプルファイヤー吉田靖直コラム「マッチングアプリが奪うもの」vol.9

5、6年前から、周りの友人がマ

5、6年前から、周りの友人がマッチングアプリで出会った人と遊んでいる話をよく聞くようになった。いいな、俺もマッチングアプリやってみようかな、と何度も思ったが、唇を噛んで我慢した。

自分はステージに立って表現をする側の人間だ。普通の人間とは違う、異彩を放った存在でなくてはならない。うつむき加減に壁にもたれる画像を掲げ、「個性的だとよく言われます!お友達から仲良くなりましょう!」などとしょうもないことを言っていたら、ファンを失望させ、ネットに晒され笑いものにされるだろう。

そんなわけでマッチングアプリに手を出してこなかったのだが、最近になってなんだかもういろいろとどうでもよくなり、自分に設けていた縛りをなくそうと思ってとりあえず名前をよく聞く大手アプリに登録してみた。

知る人が見れば完全に私だと特定できるような写真や情報をプロフィール欄に載せているのだが、今のところ失望するファンが現れたり、ネットに晒されるような様子はない。ただ、一度だけ「トリプルファイヤーの吉田さんですか?」とメッセージが来たことはあった。以前の私ならそこで「誰ですかそれ」と誤魔化していただろうが、もういろいろとどうでもよくなっていたため「そうです!知っていてくれてありがとうございます!」と前のめりに返信し、そのまま何ターンかメッセージをやり取りしたのち、連絡が返ってこなくなった。

あとはたまにエゴサーチで「マッチングアプリに吉田出てきてワロタ」的なツイートを数件見つけたくらいのものか。私がマッチングアプリを始めることでショックを受ける人は思ったより少なかった。というかそもそも存在していなかったのかもしれない。少し寂しいが、ネットに晒され嘲笑されるよりはマシだろう。

それよりも差し迫った問題は、毎日こちらから何十人もに「いいね」をつけても全然マッチしないこと。アプリ利用者のボリュームゾーンであろう20代後半あたりの女性の多くは35歳男性を年齢で弾いているだろうから、マッチしないのは仕方がない。しかし年齢が近かったりあまり好みではなかったりする女性にもたくさん「いいね」を押しているというのに、まあほとんどマッチしない。あまりにマッチしない私を見兼ねたのか「人気のある会員のプロフィールを参考にしてみましょう」という機能をアプリが勧めてきた。そこで年齢の近い他の男性会員のプロフィールを見てみると、弁護士、一流企業のサラリーマン、医者など、年収1000万以上の男たちばかりが並んでいた。もしくはあからさまなイケメンか。私に彼らの何を参考にしろというのか。

しかしなるほど確かに、顔写真、年齢、年収を見て選ぶなら、数いる男性会員の中からわざわざ私に「いいね」をつける理由はないと思った。

しかし名誉のために言っておくと、私だって今まで全く女性と縁がなかったわけではない。「あ、今俺、モテてるんじゃない?」と感じた経験も何度かある。それは容姿や年齢、収入のような単純な項目におさまらない、雰囲気や話し方、もしくは私の作品など複雑な情報に魅力を感じてくれる人が多少はいたということだろう。しかしマッチングアプリのプロフィールだけではその辺の機微を伝えられない。マッチングアプリを続けていると、容姿、年齢、年収で人を見る癖がついてしまう。それは、個の人間が持つ複雑性を認識できなくなってしまうということだ。

私もしばらくマッチングアプリを続けてみると、ディズニーランドでミッキーの耳を付けている写真、アフタヌーンティーというのか、鳥かご型状の針金の中に置かれた皿にちっちゃいケーキがいっぱい乗っている写真、私が苦手なタイプのバンドのライブにノリノリで参加してタオルを掲げている写真などを見れば「うわ、この人ムリだ」と一瞬で心を閉ざしてしまう癖がついてきた。もしその人と直に出会っていたら、一緒にディズニーランドへ行って楽しくミッキーの耳を付け合えたかもしれないのに。残念だ。

マッチングアプリをやり続けると、異性に対する要求ばかりが肥大していく。それはアプリの中だけの話ではない。マッチングアプリを通過したあとの女性は、私に会ってもあのアプリの人の方が年収がよかった、かっこよかった、などと感じやすくなっていると思う。アプリの弊害はすでに日常へ浸食してきている。

多くの女性に好まれるわかりやすい武器を持たぬ私にとって、マッチングアプリという存在は敵なのだと分かった。ムカつくからマッチングアプリなんか辞めてやる。そう固く心に決めたものの、3カ月分の利用料金を最初に払ってしまっているためアカウントは今も存在している。

あなたがもし今現在マッチングアプリに登録しているのなら、「35歳、香川県出身、職業クリエイター」の「やす」にいいねをつけてみてはいかがだろうか。


吉田靖直 よしだ やすなお

1987年4月9日生まれ。香川県出身。バンド「トリプルファイヤー」ボーカル。音楽活動の他、映画やドラマ、舞台、大喜利イベント等にも出演。コラム執筆も。

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