歳を取ってからわかったことのひとつが「ネチネチしたウェットな性格の男は女性から好かれない」ということだ。思春期には誰もそのことを教えてくれなかった。高校時代の私はaikoの歌詞に自分を重ね合わせ涙ぐんだりしていて、そんな繊細な感性を持つ自分のことを少し気に入ってもいた。aikoは女子から人気があるが、aikoの曲を聴いて泣いている男のほとんどは「キモっ」と思われるだけだということを当時の私は知らなかった。
高校時代に私が一緒に遊んでいたグループは、私以外はサッカー部や野球部の快活な奴らばかりで、彼らはみな一様に女子からモテた。確かに彼らは私と違い、カラッとした性格をしていたが、私は友人から何も学んでいなかった。彼らが気安く女子と話す横で、しどろもどろになって手の爪などを触っている自分を情けなく思いつつ、思慮深く不器用な自分からこっそり目が離せなくなっている女子の登場を待ったが、そんな人は現れなかった。
同じグループで行動していた中の一人に、岡田という友人がいた。彼もまたサッカー部の活発な奴だった。岡田のギャル男っぽい見た目は、いかにも真面目そうな奴が多かった我々の学年の中では少し目立っていた。1年の頃から「あの人と仲良くなることはないだろうな」と思っていたが、3年で初めて同じクラスになり、共通の友人に誘われるまま行動を共にするようになった。知り合って半年が経っても、岡田とはグループでいる時は気を使わずフランクに話せるものの、2人きりになると口数が少なくなる、そんな関係性だった。「お前と2人やとなんか気まずいな」と直接言われたこともある。
しかし大学に入って2年目の夏休み。地元に帰省して家でゴロゴロしていた夜、岡田から電話がかかって来た。突然「迎えにいくからドライブしよう」と誘われたのだ。
高校を卒業したあとも他の友人を介して岡田と遊ぶことはあったが、直接岡田から誘ってもらったのは初めてで嬉しかった。数十分後、岡田は親の軽自動車で迎えに来た。しかし予想外だったのは、助手席に森さんが乗っていたことである。森さんは高3の時に同じクラスだった、明るくて可愛いグループのリーダー的存在だった女子だ。高校時代の私はまともに目を合わせて話すことさえできなかったが、私のグループの他のメンバーはそれなりに仲良くしていた。そして岡田は卒業後に森さんと数回2人で会い、流れで男女の一線を越えたというのが私たちの間では武勇伝のようになっていた。
私の知らぬところで一夜を共にしたことのある2人の後部座席で、何を話せばいいというのか。その前に私は森さんとまともに話したこともないのだ。
なぜ自分が呼ばれたのだろう。最初は自然な会話を心がけてみたが、だんだん自分が2人の緩衝材として呼ばれたのではないかという疑念が湧き出てきた。岡田も森さんも、本当は2人だけで話したいのではないのか。はっきり言って自分は邪魔者だろう。それとももしかして、岡田は森さんと仲がいいことを私に見せつけたかったのか。考えれば考えるほど不満が募り、苛立ち混じりに寝たふりを決め込んだ。話しかけても返事をしない私を見て「寝てしもたみたいやな」と2人が話す後ろで、目を閉じたまま黙って会話を聞いていた。その後1時間ほどのドライブの後、家まで送られたので今起きたような顔をして車を降りる。なんだったんだ。あいつらはこの後またイチャイチャするのだろうか。とりあえず、自分が呼ばれた意味は最後まで分からなかった。
後日、岡田と会った時、ドライブの件について軽く問い質した。
私「あのドライブなんで俺呼んだん? 俺気まずくなって途中からずっと寝たふりしとったんやけど」
岡田「…え、お前めっちゃキモいな」
予想していない答えだった。俺はキモいのか。キモいってなんなんだろう。岡田たちはただ無邪気にドライブを楽しんでいて、私だけが見当違いの恋愛脳を働かせていたのか。急に恥ずかしさに襲われたが、それでもやっぱり、俺じゃなくても似たようなことを考える奴は珍しくないだろ、と反論したくもあった。今考えても、あの時の私の推測はそこまで突飛なものではないように思う。しかし、私と同じ状況下でも自分が呼ばれた意味をネチネチと考えたりせず、自然に明るく振る舞える奴が一定数いるのは事実で、そういう奴にはないキモさを私が持っている、というのも確かなようだ。
私も歳を取るにつれ恋愛や女性に対するウェットな感性が抜け、昔に比べるとドライな人間になったと思う。それでも、高校時代の友人たちが持ったことのない生来のキモさのようなものは、一生抜けきらない気がする。
イラスト/谷端 実
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