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【OLからの転職】IT企業秘書から生花店を開業した、秋貞さんの場合。

新卒の就活は「こうあるべき」とイメージにとらわれがち。でも実際に社会に出て、いろいろな大人と出会い、自分の将来像が改めて描けるようになったりするものです。
今回はIT企業から、パリでの修行を経て、生花店を開業している「migiwa flower」オーナー・秋貞美際さん(33歳)のストーリーです。

場所を理由に諦めるのは嫌で、パリで修業

【OLからの転職】IT企業秘書から生花店を開業した、秋貞さんの場合。
「migiwa flower」東京都港区麻布十番1-4-8(ODEONS内)migiwa.com/ ギフトや装花のほか、レッスンも人気。現在、香りをテーマにした今までにない花屋を構想中。

「秘書は、役員の要望に100%応えるのは当然、でも出すぎてもいけない。〝自分らしさの創出〟が難しく『本当は何がしたいんだろう』と考えるうち、花との出合いがありました。お花を贈ることも仕事のひとつ。でも理想のお店は少なく、ならば自分が花屋になろうと思ったんです。ネットで素敵なアレンジメントの画像を見つけてはクリックすると、すべて同じお店。ここでお花を学びたい! と思ったのですが、なんとそこはパリ。しかし、こんなに心動かされる花屋に出合えたのだから! と仏語はまったく話せないのにパリへ。直談判すると1年先まで研修生の枠は埋まっていて『趣味にしておいたほうがいいわよ』と言われたものの、帰国便のなかでは、諦めるどころかワクワクしている自分がいました。まずは日本で地固めをしようと、パリで訪ねた花屋で修業をした日本人を探し出し、その方のもとで修業を開始。会社には退職を申し出ましたが、両立を勧められ、IT企業勤務のかたわら花屋修業の日々がスタート。朝、師匠と花市場へ行き、その後私は出勤。夕方また花屋に戻り手伝い、イベントがあれば半休を使って、というように。正直、体はしんどかったけれど、辛いとは思いませんでした。その後、渡仏。ビザは1年間、無職、年齢は28歳。成果を出せずに帰国するわけにはいかないという覚悟でした。渡仏後は、語学学校と修業を掛け持ち。1店舗目の店では、いっぱい怒られましたが、花の名前も分からず仏語も話せない私に、一生懸命教えてくれました。初めて作ったブーケが売れたときは、スタッフみんなが大喜びしてくれたり。これだけ愛情と時間を自分にかけてもらったことで、自分を律し、もっとそれに応えたいと思えた期間でした。また修業の後半には、そのころパリでフィーチャーされていた日本人シェフやパティシエとの縁でお店の装花のチャンスをいただくことができました。帰国し、オーダーのみを受ける形で仕事をスタートしました。先日、20代の女性から転職の相談を受けたのですが、私が話したのは『50歳、60歳になったとき、やりたいことを実現してきた人を羨ましく思うのはきっと苦しいこと。子供ができたり親が高齢になったりして、自分のこと以外の理由で やりたいことがしにくくなる前の身軽なときに、やりたいことをやってみたほうがいい』ということ。私自身が思っていたことですね」

  • パリで2軒目にお世話になった店のオーナーと。
  • 修業時代のノートは、現在のアシスタントたちに。
  • 秋貞さんのセレクトはシックが特徴。
  • 仕事のワークド レスは特注で製作。

転職するまで、転職してから

  • 転職の流れは?

  • ワークライフバランスはどう変わった?

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撮影/中田陽子(MAETTICO) 取材・文/嶺村真由子 編集/藤田摩吏子

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