こざわたまこ「さみしがりやの恐竜たち」 vol.4【web連載小説】

旬の作家たちが揺れ動く30代の

旬の作家たちが揺れ動く30代の恋愛を描く、CLASSY.ONLINE限定アンソロジー。第四回はこざわたまこさんの『さみしがりやの恐竜たち』。毎週水曜21時に公開します。

これまでのあらすじ

去年の夏に夫と別れた「私=寺野(てらの)」は会社の飲み会で、同僚の奥平(おくだいら)と同じバツイチということもあり親しくなる。時々食事をして最後に握手をして別れるだけの友人関係だったが、いつしか彼に好意を持つようになる。しかし奥平に九州へ異動する話が出て…。

 初めて付き合った人は、妻子持ちの男だった。
 この話を人にすると、ああだからか、と言われる。ようするに、私がこうなってしまったのはそれが原因だと。それで男性不信になって、人間関係に対して投げやりになっているのだと。まるで、何かのパズルを解くみたいに。
 または、すべて私の家庭環境のせいだと言う人もいる。浮気性だった父と、そのことに目を瞑り続けた母。とっくの昔に過去になったはずの彼らが、待ち構えていたように私の人生に再浮上する。そのわけのわからなさに、私は時々笑ってしまう。あるいは最後の結婚生活がダメ押しだったのだ、と言う人も。
 半分くらいは当たっているような気もするし、もう半分は間違っているような気もする。そんなことがなかったとしても、私がこうなることは最初から決まっていて、どういうルートをたどったとしても、今いる場所に押し流されていたような。恐竜の絶滅が、決して逃れることのできない運命だったみたいに。
 ホワイトボードに離席のマグネットを貼り付け、フロアの時計を見上げる。退勤時刻まで三十分をきろうとしていた。残業がなければこのまま会社を出て、奥平さんと合流することになっている。駅近の喫茶店で待ち合わせして、その後移動するつもりだ。
 会社の倉庫で監査関係の書類を探していると、ふいにこんな声が聞こえた。
「奥平さんのあれ、聞いた?」
 中に入ってきたのは、システム課の社員二人組だった。思わず柱の後ろに隠れる。聞いた聞いた、とはしゃいだような声が辺りに響いた。どちらかがこそこそと何か言い、え、それって、と声を潜める。柱越しにも、二人が意味ありげな視線を交わし合っているのがわかった。
「おめでたいことではあるけどね」
「……でもさ。俺、見ちゃったんだよな。奥平さんが、会社の人と歩いてんの」
 えーっ、何それ、と一方が声のトーンを上げる。
「え、で誰? 相手」
「いやー、だからそれがさ……」
 私は息を潜めて、その続きに耳をそばだてた。

 ブブブ、ブブッと、断続的に響いていたバイブ音が、ようやく途切れた。
 奥平さんは画面をちらとも見ずに、自分のスマホをテーブルに裏返した。頭上では、大きなシーリングファンが音もなく回っている。夕食時の喫茶店は特に混み合うこともなく、まばらに席が埋まっていた。
 何か食べますか、と言われて首を振る。そうですか、じゃあ僕だけ頼んじゃおうかな。奥平さんがメニュー表を手に取ったのを見て、あの、と口を開いた。
「ご結婚、されるんですよね」
 奥平さんがほんの一瞬手を止める。おめでとうございます、と口に出すと、すぐに頬をゆるめ、ああ、聞きました? と笑った。
「結婚って言っても、早い話が復縁ですから。めでたいことでもなんでもないです」
 奥平さんが前の奥さんとよりを戻すことになった、という噂は、瞬く間に社内に広がった。近々うちの支社から出て行くらしい、という話も。奥平さんはこの再婚をきっかけに、奥さんの地元だという九州の片田舎にUターンするらしい。
 寺野さんと会えるのもこれが最後かな、と奥平さんがつぶやく。奥さんは知ってるんですか、と思い切って尋ねると、
「僕たちのことを?」
 知られたところでまったく問題ないんじゃないですか、と奥平さんはテーブルの上で指を組んでみせた。
「仕事の付き合いで食事くらい、誰でもするでしょう」
「……そうじゃなくて」
 とその時、二人分のコーヒーが届いた。ありがとう、と言って奥平さんが自分の分のカップを受け取る。
「ひとつだけ、いいですか」
 どうぞ、と奥平さんが顎をしゃくった。私の声に滲んだ苛立ちを、敏感に感じ取ったのかもしれない。
「以前、私たちは家の近くですれ違ったことがあるかもしれないって言いましたよね」
「ええ」
「あれ、嘘です。あるかもじゃなくて、実際にすれ違ったことがあります。奥平さんは、気づいてないみたいでしたけど」
 最悪のカードを切ったはずなのに、憎らしいくらい奥平さんの表情は変わらない。
「私、あなたを見かけたことがあるんです。××駅の、北口で」
 それは、私たちが通勤途中に乗り換えで使っている駅だった。この辺りでは有数のターミナル駅でもあり、駅の北側にはひと際大きな歓楽街が広がっている、ホテル街としても有名な場所。
 なんでも知ってるんですね、寺野さんは、と奥平さんが感心したように声を上げる。
「そこで私、」
「田山さんのことですか」
 ああ。やっぱり、と思う。私はそこで、奥平さんを見かけた。奥平さんは、会社にいる時となんら変わりなく、その街を歩いていた。ただ、その肩にしなだれかかるように腕を絡ませていたのは――、おそらくあれは田山さんだった、と思う。

vol.5に続く

イラスト/日菜乃 編集/前田章子

こざわたまこ

1986年、福島県生まれ。2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。2015年、同作を収録した連作短編集『負け逃げ』を刊行。近著に『教室のゴルディロックスゾーン』(小学館)がある。

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