カツセマサヒコ「それでもモテたいのだ」【「行けたら行く」で、本当に行く人】

ある飲み会の帰り道での出来事だ

ある飲み会の帰り道での出来事だった。正確に言うならば、なんとなく早く帰りたくなって「別件があるから」と抜け出した飲み会の帰り道だ。たまたま同じタイミングで退席した友人と、駅までの道を歩いていた。まだ日中の暑さを夜が吸収しきれない、真夏の延長戦のような日だった。「カツセさんってさ、ああいう大人数の飲み会、自分が幹事じゃないとすぐに帰るよね?」突然、隣を歩く友人が、限りなく鋭利な言葉を私に突き刺した。「そんなことないし!」と慌てて反論したものの、その声はあまりに弱々しく、死にかけの虫のようだった。友人はトドメを刺すように「だって、いつもそうじゃん」と、私を一刀両断した。

十五名ほど集まった飲み会だった。三十分もすれば、自然と会話は四、五名ごとに分散し始めて、各々で盛り上がるようになる。大人数の飲み会によくある光景だった。私はそうなった途端、会話に向かう集中力がガタ落ちしてしまう。目の前の友人の話をきちんと聞きたいのに、頭はどこかで別のグループの話を聞こうとしている。気が付けばどこのグループにも馴染めなくなってしまって、やたらトイレに避難する孤独な人、みたいなポジションについてしまう。

「気持ちはわかるけど、完全に非モテムーブだよ、それ」いい歳して何やってんの、と笑われて、いや、そっちだって今日、途中で帰ってるじゃんと言い返してみれば、友人はこれから別の飲み会に向かうとのことだった。友人はちゃんと、予定がある人だった。「行けたら行くって言っちゃったから、行かなきゃなんだよ」困ったように笑う。だったら行かなきゃいいのに、と思ったが口に出すのは控えた。

そのあと、「行けたら行く」は何割くらい行く気があるのか、という話で、友人と五分ほど盛り上がった(その手の話題の賞味期限はだいたい五分くらいだといつも思っています)。私は十年くらい前に「行けたら行くわ」と言った飲み会にいざ行ってみたら自分の席がなかったという悲しい仕打ちを受けたことがあり、それ以来、「行けたら行く」は、「ほぼ行かない」と同義と認識していた。

しかし、横を歩いていた友人は「行けたら行くって言ってんだから、七割は行くでしょ」と言った。七割はさすがに高すぎるでしょ、と返してみたが、実際に彼女は誘われた飲み会にほとんど出席するようにしているらしく、とにかくこいつは仕事ができる人、もしくは、とにかく仕事をサボるのが上手な人なのだとわかった(それがモテる秘訣な気もした)。

「てか、カツセさんってさ、遊びの約束とか、全然守らなそうだよね」と、友人はさらにこちらの株を下げるようなことを口にする。「海行こうとか、ドライブしようとか、適当なこと言っておいて実現できてないもの、めっちゃ多いでしょ?」そう言われて、どちらかといえば、そういう約束はすっぽかされたほうが多いように思った。

――いつか、どこかに行こうね。

その一言が最後まで叶えられないまま別れてしまった人が何人かいる。誰にだってそういう人がいるのだと思いたい。「私はね、たとえ飲みの場で交わした軽はずみな約束だったとしても、できるだけ守るって決めてるから」酔っているのか、顔を赤くした友人が、親指をグッと立てて言った。「遊園地行こうとか外で飲もうとか、社交辞令で済ませちゃいそうな軽い約束ほど、実現させたときにメチャクチャおもしろいんだから。カツセさんも今度、やってごらんよ」彼女は健康法でも薦めるようにそう言って、次の飲み会会場があるという渋谷の街に、颯爽と消えていった。

到底、彼女のような社交性やフットワークの軽さは身につけられそうにないと思いつつ、果たせなかった約束を強引にでも叶えようとする意思は、どこかで参考にしてみても良さそうだと頷きながら、私も改札に向かった。

この記事を書いたのは…カツセマサヒコ

1986年、東京都生まれ。デビ

1986年、東京都生まれ。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)が大ヒットを記録し、2021年12月に映画化。二作目となる小説『夜行秘密』(双葉社)も発売中。

イラスト/あおのこ 再構成/Bravoworks.Inc

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