原作者の五十嵐律人さんが現役司法修習生時代に書き上げ、数々の賞を受賞した人気ミステリー小説『法廷遊戯』がKing & Princeの永瀬 廉さん主演で映画化。自身も少し前に大学を卒業したことが話題になった永瀬さんに加え、杉咲花さん、北村匠海さんと魅力的なキャストが揃い、ロースクールと法廷を舞台にした話題作を辛酸さんにレビューしていただきました。(※コラム内で映画のストーリーにふれています)
自身も大学を卒業したばかりの永瀬廉がロースクールの学生役に
「誰も暴いてはいけない、死の秘密--」そんなキャッチフレーズが濃厚な闇の気配を漂わせます。映画『法廷遊戯』は人気の法廷ミステリー小説の待望の映画化。深川栄洋監督が手がけていて、主演は永瀬廉(King & Prince)です。永瀬廉が演じるのは法律家を目指すロースクールの学生、久我清義。こんな国宝級の方が大学にいたらざわざわして勉強どころではないですが……永瀬自身、最近まで大学生だったので、その余韻で演技がリアルになっていそうです。6年半かけて明治学院大学を卒業したことをラジオ番組で語っていました。「寝る時間を削ってレポートをやってた時期があった」とのことで、そんな勉学の記憶が生かされていることでしょう。
前半の舞台はロースクールで、清義(永瀬廉)は同級生の織本美鈴(杉咲花)、結城馨(北村匠海)などとともに法曹界を目指して勉学に勤しんでいます。頭が良すぎる学生たちが、ときどき興じているのは「無辜ゲーム」。「無辜(むこ)」とは「罪のないこと、またはその人」の意です。たとえば何かの弾みでスマホを落とされて割れたら、器物損害罪として「無辜ゲーム」で訴えて、告訴者と証人とのやりとりで罪を犯した人物を判定。裁判官が罪状を宣告する、という裁判を模したゲームです。テンポの良い会話に学生たちの頭の良さが表れています。それにしても永瀬廉演じる清義の前髪は長過ぎます。目の上を半分くらい覆っている時も。よく親や先生に「前髪が長すぎると勉強に集中できなくなる」と注意されたものですが、この前髪で勉強ができるのならかなりの集中力です。
盗聴男に下宿屋のおばちゃん…脇を固めるキャラにも注目
下宿に住みながら弁護士を目指して順調に勉強していた清義ですが、ある時、彼の過去を暴くような怪文書が配布されてしまいます。児童養護施設で育った清義には、正当防衛で児童養護施設の先生を刺してしまった過去が。そのことをビラに書かれたうえ、同じ施設出身で秘密を共有している美鈴のもとにも不審な気配が……。下宿のドアの覗き窓に釘が突き立てられていたり、郵便物が盗まれたり、盗聴されていたりで身の危険を感じます。怯えて清義に無言で抱きつく美鈴。彼女も同じ養護施設出身だったので幼なじみならではの絆の強さが垣間見えます。美鈴は同じマンションの部屋に潜んでいた男性に盗聴されていたのですが、その絶妙にキモい男性を大森南朋が怪演しています。
いろいろあったけれど司法試験に合格し、無事に弁護士になった清義と美鈴。いっぽう「無辜ゲーム」を主宰していた結城馨は大学に残って論文を書いたりしていました。一番優秀だったのになぜ大学を出て法曹界で活躍しないのか不思議がる清義。馨はかつて清義に意味深な言葉を語っていました。「もし僕の身に何かあったらリンドウの花を持って墓参りに来てほしい」と清義に話す、美青年どうしのシーンは明治の近代小説のような雰囲気で耽美さが漂っていました。弁護士になっても同じ下宿に住んでいる清義。美鈴と一緒に住むでもなく、幼なじみ以上恋人未満のような関係なのでしょうか。学生時代と同じく、下宿のおばちゃんが作ったおにぎりを朝ごはんにしています。ドラマにたまに出てくる、「下宿のおばちゃん」は一番いいポジションかもしれません。将来有望なイケメンの親代わりになって慕われ、時にはプライベートの秘密を垣間みる……そんな夢のある役目です。しばらく平和に過ごしていた清義のもとに、久しぶりに馨から「無辜ゲーム」の招待状が届きます。暗い地下空間を抜けて会場に指定された場所に向かうと、そこには凄惨な光景が! ナイフで刺されて倒れている馨の横に、返り血を浴びた美鈴が佇んでいました。誰が見ても美鈴がやったと思われる状況ですが、清義は弁護士として美鈴の無実を証明しようと決意するのでした。
リアルなやり取りで法廷を疑似体験
映画の後半は、法廷が舞台になります。スリリングな弁護士と検察官のやりとり、そして時折見える裁判官の人情など、実際の裁判を傍聴しているような疑似感が。また、裁判員裁判制度についてもかなり勉強になります。例えば「公判前整理手続き期日」では、事件の争点や証拠を整理する準備手続きを行なう、など。裁判員に選ばれると、結構稼動する日が多いようです。もし、永瀬廉のような弁護士が毎回出席してくれるのなら喜んで通ってしまいそうですが……。また、殺人事件の場合、裁判員裁判にかかる心理的な負担についてもこの映画では描写されていました。このことについては、知り合いの法律の教授も指摘していて、遺体の写真などを見ることになるのでメンタルが強くないと厳しいようです。警察24時気分で麻薬事件を担当したいと思ってもランダムなので希望は通りません。映画では、法廷で凄惨な場面を見てショックを受けた裁判員が気分が悪くなる場面も。証人として出廷していた盗聴男(大森南朋)が「神聖な法廷で吐いたらあかんやろ!」と煽っていました。もし気分が悪くなったら永瀬廉のような弁護士さんに介抱してもらいたいです……。そんな中でも落ち着いて弁護する清義はさすがです。血みどろの証拠写真などを見ても動じないのは、正当防衛とはいえかつて人を刺したことがあるから……?などと思ってしまいます。
清義と美鈴の深い絆と愛が凄惨なシーンも浄化してくれる
「普段は使わない裁判用語が連続するセリフに噛みそうになりました(笑)」とインタビューで語っていましたが、クールな表情で弁論を展開し、美鈴を助けようとする姿に心がつかまれました。有罪か無罪か、結果がはっきりする裁判とは反対に、清義と美鈴の関係は曖昧ですが、絆の深さはソウルメイト感がありました。被疑者として留置場に入れられている美鈴と、接見室の透明なボードごしに面会する清義。アクリルボード一枚隔てたところでのやりとりはお互いの気持ちをかき立てそうです。コロナ禍が落ち着いてアクリルボードが片付けられつつありますが、若い男女の気持ちを盛り上げる小道具としてはまだ利用価値があります。通常の男女にはない濃密な体験を共有した2人。凄惨なシーンも、阿鼻叫喚の法廷シーンも、2人の間に芽生えた愛が浄化してくれそうです。
辛酸なめ子
イケメンや海外セレブから政治ネタ、スピリチュアル系まで、幅広いジャンルについてのユニークな批評とイラストが支持を集め、著書も多数。近著は『女子校礼賛』(中公新書ラクレ)、『電車のおじさん』(小学館)、『新・人間関係のルール』『大人のマナー術』(光文社新書)など。