山内マリコさん「自分で自分の夢をうやむやにしなくてよかった」【素敵な40代が、30代にしておけばよかったこと】
今の自分より、少し上の世代の素敵なひと。そんな人に「こんなとき、どうしましたか?」と聞きたくなるときがあります。30代は、人生のいろいろな選択肢があるからこそ、迷うとき。先輩たちがCLASSY.世代のために、失敗も葛藤も包み隠さず教えてくれました。
“自分で自分の夢をうやむやにしなくてよかった”
夢を認めるのに10年かかりました
根っからの文化系で、小説も映画も写真も好き。そのどれかを作る側になりたいと思っていました。大学は大阪芸大の映像学科に進学して映画制作を学んだものの、なし崩し的に挫折。写真への熱意も失い、最後まで残った夢が、小説を書くことでした。作家になりたいと最初に思ったのは中学生のころですが、なかなかその夢に向き合えなくて。書くことって恥ずかしいんですよね。創作意欲は溢れているのに、最初の一行すら書けなかったんです。ましてや夢は小説家なんて人に言えない。自分自身の書きたいっていう欲求を認められずにいました。
ようやく観念して、真剣に小説家を目指しだしたのは25歳になってから。夢を追いかけるスタートラインに立つまでに10年もかかったんです。そこからニートみたいな時期を経て、賞をもらって単行本デビューに辿り着けたのは32歳のとき。その時点でまわりは結婚や出産という次のステージに入っていて、とても出遅れ感がありました。けど、流されず自分の道を行ってよかったなと思います。焦りは常にあったけれど、バネが縮んだ状態が長かったおかげで、デビュー後の忙しい時期を乗り越えられました。デビューが早かったら、潰れていたかもしれません。
憧れる力が高く飛ばせてくれる
人って育った環境に影響されるもの。私の地元の富山では、身近に小説家も編集者もいないし、そもそも働いている女性というと学校の先生か看護師さんくらい。将来の夢を描こうにも、ロールモデルが不在でした。そうすると、たとえ自分だけの夢が見つかっても、「私なんかには無理」と思ってしまうんです。大それた夢を持つこと自体、身の丈に合っていないんじゃないか、おこがましいんじゃないかっていう気がして、ずいぶん葛藤しました。
こういうネガティブな心の動きって、女性に多い気がします。控えめであることが「女らしさ」の美徳だったりしますし、すぐ「自分なんかが……」という発想になって、無意識に自分を萎縮させてしまう。その発想の癖で自らの力を押し込めてしまう人も多いんじゃないかな。よくないことです。
私の場合、周囲にロールモデルになる存在がいない代わりに、雑誌が広い世界を見せてくれたことが大きかった気がします。「クリエイティブな仕事に就きたい」「自由に生きたい」と強く思えたのは、雑誌をめくっても「いいなぁ」で終わらず、「こっち側に行きたい」と憧れる力が強かったから。今ならSNSで違う世界を垣間見ることもできますしね。なにかに強く憧れる力は、若い人だけが持っている特権。その気持ちが、うんと高く飛ばせてくれると思います。
贅沢な孤独を、真剣に生きる
アラサーのとき、突然きものに目覚めて、背伸びして買い集めたり、着付け教室に通ったりしました。母はその趣味をすごく褒めてくれて。独身のうちにどんどんそういうことをやりなさいと背中を押してくれました。それと、同じころ名画座に通って昔の映画を集中的に観たことも、自分を形作ってくれました。いずれもただの趣味だったけれど、結果的に仕事に繋がる“蓄え”になった。そういう、自分の背骨になるような趣味を見つけられたことが、実は重要だったのかもしれません。
夢を叶えられないまま結婚もせず30歳になったときはショックでした。けど、今から思うとあんなに贅沢な日々ってないです。自分の時間を誰に気兼ねすることなくつかえるのは、既婚者からすれば夢のようなこと。一人でいることの寂しさとの闘いでもあったけれど、ふり返ると眩しい青春です。ないものねだりになってしまうけど、本当にそうなんですよね。
アラサーのわたしは、孤独で、悩み多く、毎日を真剣に生きていました。実はあの頃こそ人生のハイライトだったんだなと思います。仕事でも恋愛でも、30代のとき次から次に襲いかかってくる人生の選択に対し、自分の心に正直に、主体的でいられたことは、褒めてあげていいなと自分で思います。いつも不安でいっぱいで、苦しい胸の内をノートに吐き出したりしているうちに、いつの間にかゴールまで辿り着いていた。そんな30代でした。
【山内マリコさんの30代キャリア年表】
30歳:同棲開始
32歳:『ここは退屈迎えに来て』でデビュー
34歳:結婚
36歳:後に映画化される『あのこは貴族』を出版
山内マリコさん
1980年生まれ。富山県出身。大阪芸術大学芸術学部映像学科を卒業後、25歳で上京。2008年、「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。2012年に『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)でデビュー。2021年には『あのこは貴族』(集英社)が映画化され、話題に。近著に『一心同体だった』(光文社)、『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』(マガジンハウス)がある。
撮影/水野美隆 ヘアメーク/Ryo 取材/坂本結香 再構成/Bravoworks.Inc