「よく目にするけれど実は読めない言葉」とか、「よく聞くけれど実は意味がわからない言葉」ってありませんか?人に尋ねるのはちょっと恥ずかしいし、あとで調べようと思っていても結局はそのまま、ということになりがちです。そのような言葉の多くは、専門用語や学術用語を別にすれば、「教養が試される大人の言い回し」というくくりになるのではないでしょうか。今回は、久しぶりにそんな言葉を集めてみました。
1.「豈図らんや」
最初は「豈図らんや」です。「豈」は常用漢字外です。日常会話の中で用いると、ちょっと芝居がかった感じがするかもしれませんが、「予想外の出来事が起こった」時に使われます。さて、何と読むでしょうか?
正解は「豈(あに)図(はか)らんや」でした。
何となく高校時代の漢文の時間に、聞いた記憶があるという人がいるのではないかと思います。そうです、これは「反語形」と言って、「自分の意見を強調するために、反対の内容を疑問の形で述べる」という漢文特有の表現です。「図る」は「予測する」ですから、「いったい、だれがそれを予測しただろうか、いや、予測などできなかったはずだ」となるので、早い話、「意外にも」という意味になるわけです。
2.「齟齬を来す」
次は、「齟齬を来す」です。「齟齬」はともに常用漢字外、「来す」も表外読みですから、これは難問です。さて、何と読むでしょうか?
正解は「齟齬(ソゴ)を来(きた)す」でした。「齟齬」は、どちらも「齒(歯)」の部首を持ちますから、「歯・かむ」に関係する漢字ですが、どちらも「食い違う」という意味を持ちますが、この熟語ではセットで「上下の歯が嚙(か)み合わないこと」を表します。そこから歯の「嚙み合わせ」ではなく、広く「物事が食い違うこと」という意味が生じました。なお「齟齬を来す」は、「齟齬が生じる」という形でも使います。日常生活や仕事上のちょっとした食い違いには、早期に手を打つことが一番の解決法でしょうか。
3.「無聊を託つ」
最後は「無聊を託つ」です。「聊」が常用漢字外で、「託つ」も表外読みですから、前問に続いて、これも難問と言えるでしょう。さて、何と読むでしょうか?
正解は「無聊(ブリョウ)を託(かこ)つ」でした。「聊」は「楽しむ」という意味を持つ漢字で、それに「無」がついて「することが無くて退屈なこと」を表します。「託(かこ)つ」とは「愚痴を言う・嘆く」ことです。「託」は「託(かこつ)ける」でも使いますが、こちらは主に「あることをするために直接関係のないことを口実にする」という意味で使います。現在の「退屈を嘆く」人は、どこの世界にもいるものですが、そうならないための自分の努力や周囲への配慮は十分だったか、顧みることも必要かもしれません。
いかがでしたか、皆さんが疑問に感じていた言葉は、この中にありましたか?何となく見たり聞いたりしていた言葉の読み方や、その意味がわかるようになったら、そのうち自分でも会話の中に使ってみましょう。目指せ、「大人の会話」です。では、今回はこのへんで。
《参考文献》
・「広辞苑 第六版」(岩波書店)
・「新明解国語辞典 第八版」(三省堂)
・「明鏡国語辞典 第三版」(大修館書店)
・「新字源」(角川書店)
・「知らない日本語 教養が試される341語」(幻冬舎)
文/田舎教師 編集/菅谷文人(CLASSY.ONLINE編集室)