【宝塚】ネタバレ注意!望海風斗さんと真彩希帆さんのラスト公演について~芝居編~|ヅカオタ編集Mがアツく語る⑪

withコロナ時代に少しずつ活気を取り戻しつつあるエンタメ業界。『宝塚歌劇』もその影響を受けつつ、出演者とファンの熱い思いにより連日公演を続けています。この機会に宝塚デビューしたい!というCLASSY.読者の方に、ヅカファン歴20年の編集Mがその魅力を好き勝手にご紹介します。
今回は、東京宝塚劇場で公演中の雪組公演『fff-フォルティッシッシモ-』『シルクロード~盗賊と宝石~』について。雪組トップスター望海風斗(のぞみふうと・89期)さんの魅力については以前もさんざん語ったのですが、とうとう、卒業公演が大詰めを迎えています。その観劇感想を、ネタバリありで史上最高の長さで語りまくりますので、未見の方はご注意ください!

【宝塚】ネタバレ注意!望海風斗さんと真彩希帆さんのラスト公演について~芝居編~|ヅカオタ編集Mがアツく語る⑪

【簡単なあらすじ】
フランス革命後の混沌としたヨーロッパ。首都ウィーンの劇場で交響曲「英雄」のコンサートを成功させたベートーヴェンは、その曲をオーストリア皇帝に捧げよと促されるが断り、「この曲はナポレオンに捧げるものだ」と言い放つ。気鋭の音楽家として自信をもったベートーヴェンは、伯爵令嬢のジュリエッタに求婚するが、彼女は身分のないベートーヴェンを裏切り、貴族と婚約してしまう。そこへ黒ずくめの謎の女が現れ、彼にしか聞こえない言葉で話し始める…。

現雪組と上田久美子先生の奏でる奇跡のシンフォニー

冒頭から、ガツンと殴られるような衝撃を受ける舞台でした。劇場内で、歌声による「風」が巻き起こった気さえしました。その風が、2000人規模の観客を収容する大きな劇場の壁を吹き飛ばし、どこか遠い世界へ行ってしまいそうでした。

以前望海さんのことを「宝塚における神様のような領域に達しつつあるのでは」と書きましたが、最初、「もしかしたら本当に神様になってしまったのか…」と思いました。それくらい、お芝居のプロローグが壮大で、「世界よ、これが宝塚だ!」というキャッチコピーが頭に浮かんでは消えるほど。主人公のベートーヴェンに扮した望海さんはそのビジュアルもあいまって「本物が出てきてしまった」感が半端なかったです。

ですがなぜか、最初に私が思ったのは「上田先生、楽しそう」という感想でした。そこは望海さんなのでは、という気もしますが、望海さんが全身全霊でベートーヴェンを演じ、歌い、思い切りタクトを振るその表情の先に、ふと上田先生の姿を見るような気がしました。今まで上田先生の作品において、キャラクターに先生自身を感じることはなかったので、新鮮な感覚でした。今回の作品は個人的に、今までで一番先生を感じる物語だった気がしています。

でもそれもすべては、今の雪組のこのメンバーの力があってこそだと思います。このお話は、三人の拮抗する「天才」が出てきます。音楽の天才ベートーヴェンと、戦闘の天才ナポレオンと、文学の天才ゲーテ。壮大なプロローグで、望海さんは「わが音楽は人間の心」と中央でタクトを振り、二番手の彩風咲奈(あやかぜさきな・93期)さん扮するナポレオンが「わが戦闘は人間の願い」と上手に現れ、この公演で望海さんとともに退団する、彩凪翔(あやなぎしょう・92期)さん扮するゲーテが「わが文学は人間の光」と下手から登場します。この完璧なトライアングルに震えました。現体制がなければ、成り立たない舞台だと思いました。

望海さんもそうですが、退団を目前にした彩凪さんの演技力、包容力もまた際立っていました。難しい台詞の多いゲーテを、美しい佇まいと落ち着いた台詞回しで、完璧な男役芸として見せてくれたと感じました。そもそもゲーテという人物は、男役のなかでも選ばれし者しか許されない役だと思います。絶対的な知性と、思慮深さと、品を感じる芝居力がなければできない役。それを、以前自身の主演公演で『若きウェルテルの悩み』のウェルテル(=若いころのゲーテがモデルとされている人物)を演じた彩凪さんが、退団公演で成長したゲーテを再び演じる、ということにも、上田先生の愛を感じました。もう退団してしまうのに、彩凪さんのゲーテにフォーカスした別の物語も観たい、と心から思ってしまいました。

次期トップスターになることが決定し、その日に向かって着実に歩んでいる彩風さんは、ベートーヴェンの音楽に溢れた舞台上の世界でただ一人、彼に対等に接し、胸の内を晒し、日常の言葉で、壮大な夢を語り合う”同志”でした。音楽や知力をもって世界で戦うベートーヴェンやゲーテに対し、ナポレオンは最もストレートな武力で戦いを挑み、結果、敗れます。それでも彼は自分にしか見えない「理想の世界」を諦めず、前を向き続けました。熱狂に紛れること、勝者に屈服することは容易でも、ナポレオンは最後までそうしません。そうできない、というほうが正しいかもしれません。そしてナポレオンを「お前はモテたじゃないか、腹の立つ」とかなんとか言いながらも、受け入れるベートーヴェン。そんな二人の姿に、雪組の明るい未来を見た気がしました。雪原で語り合うシーンは、二人の天才の会話でありながらどこかリアルで、一言一句が胸に迫りました。

混沌としていたヨーロッパで、それぞれの得意とする分野で自分の理想や夢のために戦う彼らの姿は、「舞台は戦場」と度々聞くタカラジェンヌの生きざまそのものに見えます。実在した天才たちの想いを、あいまいな精神論で終わらせない上田先生の脚本と、スターたちの長年培ってきた地力が融合し、形となり、本当に素晴らしいものを見せてもらいました。余談ですが上田先生のファンとして、彩風さんが軍服にコート、という出で立ちでロシアの雪原に現れた時は、『神々の土地』を思い出してちょっと涙ぐみました。

「運命」共同体としてのトップコンビ像

そしてトップ娘役の真彩希帆(まあやきほ・98期)さん。「謎の女」という役どころで発表時には色々な憶測が飛び交いましたが、これもまた、望海さんと二人三脚で、相手役という運命共同体を務めた彼女にしかできない役だったと思います。ある日突然目の前に現れ、ベートーヴェンにしか見えない謎の女。その正体は不幸な「運命」だと、作中で明かされます。ベートーヴェンに限らず、世の中の不幸な運命を背負った人すべてのところに、彼女はいると言いました。貧しい子供時代、恋人の裏切り、失聴など、常人より不幸の多い人生だったベートーヴェンには、とりわけ、彼女の姿がよく見えていたのだ、ということが判明します。その時、ベートーヴェンは笑って、「生きることが苦しみでも、俺はお前という運命を愛するよ」と彼女を抱きしめます。

望海さんと真彩さんの関係は、宝塚の域を超えた舞台人としての理想、と以前書きました。「運命」に対するベートーヴェンの愛は、まさに、宝塚で描かれる男女のラブロマンスとはまったく別のベクトルの新しい「愛」の形だと思いました。物語上、それは究極の自己愛ともとれると感じたのですが、主人公である男役の「自分の内面の一部」を、独立した別の生き物として相手娘役が演じる、というのは、どこか血のつながりにも似た信頼関係があるトップコンビでなければ成り立たない役どころだと思います。別々の人生を歩んできた男女が出会って生まれる愛を美しく描けるのも宝塚の良さですが、女性だけの劇団、ということを思えば、こういう新しい愛の形を描くことができるのも、また宝塚の良さだと思いました。女性同士の共感力が生み出す多様な愛を、演者も、観客も、感覚的にもっとも柔軟に受け入れられる場所のひとつであると思うからです。

冒頭の話に戻りますが、「上田先生楽しそう」と感じたのは、もしかすると、先生が描きたかったものを、望海さんが完璧に体現している、と思ったからかもしれません。もしそうなら、それは舞台芸術におけるひとつの理想形なのではないかと思います。演者が、演出家の想いを余すことなく表現する。それも稀代の歌唱力をもつ人気トップスターが、同じく稀代の才能をもつ人気演出家の世界観とマッチし、融合し、そのすべてを観客に届けられる、というのは、宝塚に限らず、表現に携わるあらゆる人たちの理想な気がします。二人が描き出したものがあまりに大きくて、終演後、感想を聞いた人たちそれぞれから色とりどりの見方を教わりました。それが全部「その通り」と思うけれど、そうではない感情を抱いた自分も並行に存在していて、まるでパラレルワールドに行った後のような気持ちになりました。見る角度、側面によってこんなにも多彩な表情を見せてくれる、それがスターの集大成としての退団公演である、ということが、本当に素晴らしいと思います。

望海さんファンの想いに寄せて

最後に、今回の公演の感想を望海さんファンの友人数名に訊いてみたところ、また論文クラスの長文をもらったので、一部紹介したいと思います。

(ベートーヴェンは当て書きだと思う?という質問に対して)
・「望海さんの人格の中にある、つきぬけて前向きなものを持ち合わせている、めげない、絶対に下りないで立ち上がる!みたいなところに共通点を感じる」
・「ベートーヴェンの音楽や人生が肯定される物語を通して、宝塚における望海さんという男役の人生、集大成の姿が寿がれているよう」
・「ルイ(=ベートーヴェン)を観ていると、望海さんだからこそ笑えたり笑えなかったり、泣けたりする部分が随所にあって、そういうカケラの集まりが当て書きだなと思います。部屋で天才だー!って喜んでいるその姿は、自分の才能に、というより、『きっとこれはみんなの心を動かすぞ!」という確信からだろうなと思う。望海さんが自分が夢中になっているものを、受け入れられてる環境で人に話すときの「これ聞いたら絶対みんな好きになるから聞いて⁉』っていう嬉々とした感じに似てるなって思って笑っちゃう」

・「OPでベートーヴェン、ナポレオン、ゲーテがバーン!って登場するところのワクワク感は、同じ組内にスターたちがいるというワクワク感。宝塚だなあと思う」
・「望海さんがロングトーンで圧倒的なパワーを解き放って天井を吹き飛ばすさまがめちゃくちゃ強くて好き。劇場の屋根や壁が飛ぶような感覚は望海さんの歌でしか味わえない」
「きいちゃん(=真彩さん)の役が滅びの歌をうたって望海さんの役が再生の歌をうたう、みたいな役割分担が好き。
・久美子先生が先輩演出家から得た知識や技術を吸収して、望海さんときいちゃんの歌の説得力をもって昇華させているような作品と感じる。先人が耕した観客の精神を引き継いで、さらに一筋のまっすぐな長い畝をのばした、ナポレオン久美子先生なのかも…」
・「雪原の場面は、ベートーヴェンの「凄いなあ」の顔が嬉しくて泣き出しそうな顔で、よかったねえと思ってしまう。トップと2番手の役が銀橋の真ん中で『勉強が好きか!』『ん!』と対話するのが、とても好きなところの一つ」
・「ルサンク(=公演写真および脚本が収録されたもの)を読むと謎の女が最後、役名が変わっていて、とても嬉しい…。
・「自分の不幸を受け入れて「運命」って名付ける強さを、今この状況で卒業公演を遂行しようとしている人が演じる説得力が半端ない」人生は、幸せだった!って最後にトップスターが叫ぶの幸せすぎる」
・「命燃えてる!って望海さんの舞台を観るといつも思ってたことをこのラストシーンで追体験する。たくさん観た舞台の中で、ファンシーガイの命燃やすシーンを何故か思い出します」
・「不幸も運命もみんなが所持しているものなので、すごく人間くさい話だ、とも思っていて、何かに祈ったり願ったり嘆いたりしている人の話は、あんな輝いてる舞台上で描かれていても、身近に感じたりする」
・「個人的にタカラジェンヌが舞台上でピアノを弾いている図がとても好きなので、コンサートに続きピアノを弾く望海さんが観られて幸せ!」
・「ルイがゲーテと話がしたかったように、望海さんが歌の話を同じ心でできる人がどれくらいいたんだろうかと思ったりもする。それが真彩ちゃんなのかなと思って、ラストの『なぜわかったんだ!』で泣きます」
・「今回のfffで久美子先生の描く雪組や、望海さんと真彩ちゃんに相応しいラストシーンをあんな素晴らしい作品として形にしてもらえたのが、めちゃめちゃ面白かった。ハッピーエンドともバッドエンドともいえないのが嬉しかったです」

長年望海さんを追い続けていた彼女たちが異口同音に「この作品で退団できて幸せ」と言っていたことに、私はなにより幸せを感じました。それは彼女たちが長いこと、まっすぐに望海さんを応援し続けたからこそだと思いますし、望海さんがまた真摯にファンや観客に向き合ってくれたからなんじゃないか、と思います。スターとファンの距離が近いとされる宝塚で、この相互関係が成り立つことは、本当にいろいろな人の愛や努力のたまもののように思います。この優しい世界が、どうかこの先も続きますように。古いベートーヴェンの写真を見ながら「これ望海さんにそっくりじゃない?」「ゲーテ先生が翔くんに見える」「私たちのゲーテ先生は久美子先生かもしれない」と口々に話す友人たちの会話を見て、心からそう思いました。

以上、ヅカオタ編集Mによる、雪組公演の感想でした。素晴らしすぎてとても一回に収められなかったので、ショーの感想は後半に続きます。この公演は4/11まで東京宝塚劇場で上演しており、千秋楽はライブ配信も予定されています。チケットの取り方や公演日程は、ぜひ宝塚歌劇団公式サイトをチェックしてみてくださいね。

そもそも宝塚歌劇団とは?

花、月、雪、星、宙(そら)組と、専科から成る女性だけによる歌劇団。男性役を演じる「男役」と女性役を演じる「娘役」がおり、各組のトップスターが毎公演の主役を務める。兵庫県宝塚市と千代田区有楽町にそれぞれ劇場があるほか、小劇場や地方都市の劇場でも年に数回公演をおこなう。
公式サイト:https://kageki.hankyu.co.jp/
DVD・Blu-ray購入ならコチラ:キャトルレーヴオンライン

Magazine

最新号 202412月号

10月28日発売/
表紙モデル:山本美月

Pickup