2021年2月にTBSを退社し、アナウンサーから絵本作家へと転身することを選んだ伊東楓さん。3月19日にはデビュー作となる詩集『唯一の月』を出版し、今後はドイツ留学を予定。キャリアに迷う人が多い20代後半で、思い切った決断をして新たなステージを選んだ理由は? ご自身のキャリアを振り返りつつ、新しいチャレンジについて話してもらいました。
求められる“女子アナらしさ”に悩んだ日々
–TBSアナウンサーは就活の中でも狭き門。昔からアナウンサーになりたかったのでしょうか?
「アナウンサーという仕事に対する憧れは小学生の頃からあったんですけど、大学時代にミスコンに出たりする中で表舞台は向いてないなって感じて。その時にイベントを作り上げる裏方的な仕事に興味を持って、就職活動のメインは広告代理店だったんです。そんな中でもアナウンサーの採用試験を受けたのは、知り合いが『絶対にアナウンサーに向いているから受けてみなよ』と背中を押してくれたから。気負いすぎず挑戦できたので、面接で緊張することもなかったし、すごく楽しいまま選考が進んでいきました。面接では雑談ばかりで、どうして私が受かったんだろうって。入社後に聞いてみたら“今までのTBSアナウンサーにいないキャラだったから”って言われました(笑)」
–入社してみてどうでしたか?
「入って1〜2年目は右も左もわからないので、とりあえず与えられた仕事に一生懸命に向き合いました。とにかく会社になじみたくて、すごくすごく働いていたと思います。でもそうしていると、心と体がずれてくる感じがあって。自分でもよく理由がわからないけれど、なぜか涙が止まらなくなったりすることも……。その時のアナウンス室の上司が私の様子がおかしいことに気づいてくれて。それで素直に『全部一回リセットしたい』って言ったんです。上司がすぐに対応してくれて、帯の仕事を外してもらって仕事のペースを落としました。働き方を見つめ直そうと、のんびり過ごしたり海外に足を運んだりしましたね」
–働くのがしんどくなってしまった。それにはどんな理由があったのでしょうか?
「当時の私には、アナウンサーって万人に好かれなきゃいけないって思いがすごくあったんです。周囲から王道のアナウンサーらしさを求められていると感じていたし、私自身もそれに応えたくて。本当は自分が好きなテイストとは違うのに、髪をボブにしたり、清楚な服を選んだりしていました。そういう小さなずれみたいなものが積み重なっていった感じですね」
自分らしさを見つめ直した入社3年目
–働き方に迷ってしまった状況から持ち直せたのにはどんなきっかけが?
「仕事のペースを落としたあと3年目に入った時に、自分は王道アナウンサーを進むタイプではないんだろうなって気づけたんです。“女子アナの王道”を進もうとしたらしんどくなっちゃったので、周囲がどう思うかはさておいて、自分がやりたいジャンルを突き詰めてやってみようと決めました。バラエティをメインでやりたいと自分の気持ちを会社に相談したら、いくつか番組を担当させてもらえることになって。そこで、坂上忍さんや伊集院光さん、中居正広さん、博多大吉さん、今の私を作ったと言っても過言ではない方たちと出会うことができたんです。
伊集院さんは、初回のラジオで『もっとうかつな発言をたくさんして!』って言ってくださって。味方がいてくれると思うと、自分を出すのが怖くなくなりますよね。番組でプライベートな話をしたり、ホワイトボードに似顔絵を書いたり、アナウンサーらしからぬこともたくさんしました。その仕事が、もしかしたらアナウンサーとしては正解ではないかもしれないけれど、伊東楓の生き方としては正解だなって思えたんです。周りにいる人が道を示してくれて、やっと自分のルートが見えてきた気がしました」
誰かに一生大事にしてもらえる言葉を伝えたい
–SNSでイラストを発表し始めたのは去年の春。何か思うところがあったんでしょうか?
「実は、ちょうどその頃、中居さん、坂上さんとの番組が同時に終了することが決まって。やりたい仕事をやらせてもらい、ラジオやバラエティ番組に携わる中で、自分が“自分の言葉”で話すのが好きなんだって気付き始めたんです。誰かが書いた原稿を読むよりも、自分の気持ちが乗っている自分だけの言葉で伝えたい。発信する側がいいのかもって思い始めました。
それで会社を辞めようと決めて、発信することを考えた時に、私は絵を描くことがとても好きだったから、それを突き詰めてみようと思いました。今まではアナウンサーという職業柄パーソナルな部分を見せるのは控えてたんですけど、辞めると決めたからには自分のことを見せていかないと。それで、昨年の春ごろからSNSで発信するようになりました」
–そこから本を出すに至るまでどんな経緯が?
「もともと私、本がとても好きなんです。今って情報のスピードがとても早くて、いい絵もいい言葉もいい記事も、あっという間に流れていってしまう。でも、人生を変えてくれる本って一生自分の中に残り続けるというか、宝物みたいなものじゃないですか。自分の言葉と絵で、私の生き方を知ってほしいと思ったんです。万人に刺さらなくても、誰かひとりに一生大事にしてもらえる言葉が伝えられたらいいなって。決めたからにはあとは行動で、企画書を持って出版社に売り込みに行きました」
–行動力がすごい! そのパワーの源はどこから?
「本を出したいって周りに言っていたときに、一部の人から『絶対無理だよ』って言われてしまって。それを見返してやりたい気持ちもありましたね。本を出せることになって、作っていく過程では自分自身ととても真剣に向き合いました。この本を読んでくれる人に伝えたいメッセージのひとつに、悩みから抜け出せないでいるのなら、一緒に抜け出しましょう、という思いがあるから、読んだ人たちががっかりするような自分であってはいけないという自覚も強まって。この本が読んだ人たちが、私の今後の生き方をみて、あの人はアナウンサーを辞めたけれど、別のジャンルですごくのびのび活躍しているなって思ってくれるように、前向きに生きていきたいです」
どうせなら誰も知らない土地でチャレンジを
–絵本作家を目指してドイツへ渡るそうですね。なぜドイツなのですか?
「なんででしょうね?(笑)実は行ったこともないし、ドイツ語も話せないんです。でも、どうせなら自分が何も知らなくて、誰も私のことを知らない土地で、ゼロから始めようかなって。ドイツのカルチャーやクリエイターにも興味があったので、観光じゃなく生活の場にして、深いところまで触れてみたいと思って選びました」
–新たなスタートに対して不安はありますか?
「不安がゼロってことはないです。不安になって考え込む夜ももちろんあります。でも基本的にはすごく楽しみで、ワクワクしています。向こうに行ったら頼れる人がひとりもいないとか、どうやって稼いでいくんだろうとか、具体的なことで不安になるんですけど、一晩経つと“お金がなくなったらバイトすれば大丈夫”と結構カラッと考えられていて。今までの人生、完璧に計画的に進んだことって一回もないし、自分が絵をメインに生きていくことになるなんて、TBSに入社した時には一ミリも考えてない。でも、走りながら考えて、考えながら走り続けてきたのが自分の人生だから、なんとなくきっとこれからも大丈夫だと思えるんです」
手放すことで“いいこと”が舞い込んでくる
–キャリアチェンジには勇気が必要ですが、思い切った決断ができたのはどうしてでしょうか?
「こうやって自分の生き方を振り返る中で、気付いたポリシーがあって。それは新しい何かが欲しいなって思った時には、何かを手放す必要があるということ。手放すことを恐れない、というのが今までの経験からの学びですね。人間のキャパシティって限界があって無限じゃないので、両手がいっぱいのままじゃチャンスを掴めない。全部抱えてたら重たくて歩けなくなっちゃうので、欲しいものがあったら今持っているものを手放すべきなんだなって。そういう意味では、今はいろいろなものを手放した状況で、そこにどんどん新しくいいことが入ってきてるんです。思ってもみなかったチャンスも舞い込んできたりして、それがすごく楽しくて。
もうひとつ、周りに無理して好かれようとしなくていい、というのも社会人になってから学びました。周りからどう思われても、バラエティが好きだからバラエティの仕事をして、金髪にしたいから金髪にして。周囲から100点をもらえるように努力するんじゃなく、自分で自分に満点をあげられるような行動をする。そういう意識に変わったことで、自分のことがすごく好きになれたんです。そういう自分を見て離れていく人もいたけれど、新たな出会いもたくさん生まれました」
–新しいスタートを切る伊東さんの今後が楽しみです!
「3月19日に書籍を出版したら、その原画展を3月19日から東京・外苑前のNine Galleryで開催して、その後、新作書下ろしの企画展を4月にatmos pink flagshipHarajukuとatmosSendagayaで行います。展示する絵を絡めたアパレルも販売予定だったり、ワクワクなことがたくさん。一気にいろいろなものを手放したぶん、これからいろいろなことを発表できそうです」
『唯一の月』
伊東楓の初絵詩集。独学とは思えない写実的で美しい絵と、等身大の言葉が織りなす独自の世界観は、コロナ禍を機に発表を始めたInstagramでも話題に。出版にあたり書き下した45点の絵詩とエッセイ、アシスタントを務めたラジオ番組『伊集院光とらじおと』パーソナリティー・伊集院光のまえがきも収録。自分の心に素直になる勇気を与えてくれる一冊。
伊東 楓さん
1993年10月18日生まれ。富山県出身。TBSにアナウンサーとして入社後、数々のバラエティ番組やラジオ番組を担当。2021年にTBSを退社。デビュー作となる詩集「唯一の月」を2021年3月19日に出版。
『唯一の月』原画展
日程:2021年3月19日(金)〜3月28日(日)
時間:10:00〜19:00
会場:Nine Gallery(東京都港区北青山2丁目10-22)
入場料:無料
INFORMATION
本企画に登場した伊東楓さんと、キャリア対談を行ったCLASSY.LEADERS、そして編集部のメンバーで、キャリアにまつわるあれこれをおしゃべりすべく、今話題の音声SNS・clubhouseに特別ルームを開設!当日は上記メンバーが参加し、アラサー世代のキャリアや仕事観について、ざっくばらんにお話しします。ぜひ参加して!
・日時:3月18日(木)21時〜22時
・イベントURLはこちら!
https://www.joinclubhouse.com/event/MKKL7qjo
撮影/園田ゆきみ 取材/平賀鈴菜(CLASSY.ONLINE編集室) 編集/宮島彰子(CLASSY.ONLINE編集室)