恋愛に仕事、将来のこと…アラサー世代は日々「このままでいいのか」「こうでなくてはならない」という悩みを抱えていたりします。でもそれって、本当に自分のための悩みなのでしょうか。不特定多数の「誰か」のために、無理をしていませんか?そんな窮屈さを抱えているみなさんに、小説家・山内マリコさんの『The Young Women’s Handbook 女の子、どう生きる?』から抜粋したエッセイをお届けします。大切なのは、他人ではなく、自分で自分を「いいね!」と思えること!
自分の舟を自分で漕ぐ
『The Young Women's Handbook 女の子、どう生きる?(Chapter 17)』より
将来の夢を訊かれて、結婚やお嫁さんとこたえる女性はどのくらいいるだろう?
わたしが学生だったころ、夢とは「どんな仕事がしたいか」ってことで、それに対して「結婚」とこたえる人は、ほとんどいなかったような。結婚願望が強い子はいたんだろうけど、彼女たちもなんらかの職業をこたえていたし、かくいうわたしも、結婚を〝夢〟にはカウントせずに生きてきました。
それなのに!
20代なかばのある時期から突然〝結婚したい病〟にかかって、そのことばかり考えるようになってしまった……。よく恋煩わずらいのことを恋の病と表現するけれど、わたしを襲った結婚したい病も、まさに熱病みたいな破壊力でした。
あれは、大学を卒業して社会に放り出されたばかりのころ。経済的にも精神的にも自立するのが難しすぎて、孤独で、いっそ誰かに倚りかかれたらなぁ~なんて考えが頭をよぎりました。
いい年して何者でもない現状がつらい、でも結婚すれば、少なくとも「主婦」という肩書きは手に入る。結婚すればもう、夢ややりたいことと向き合わずにすむ。結婚を恋愛のゴールとは思わない、だけど女の子の人生において、結婚は一種のゴールのように設定されています。ああ、結婚って便利だな。結婚したい! 結婚という安全そうな囲いの中に逃げ込みたい!
同級生が結婚した噂が耳に入るようになったのも、ちょうどそんなタイミング。わたしも一気に結婚をリアルなものと考えるようになったのでした。
独身は、たとえるなら一人乗りの小舟のようなもの。オールを手で漕ぐのは疲れるし、心細いし、ちょっとした波にもさらわれてしまいそう。一方、結婚は、男性が操縦するクルーザーに乗せてもらっている状態。そりゃ「いいなぁ~ 」と思ってしまうわけです。
それに、自分の小舟で出港したばかりで操縦に戸惑っていると、ほどなく「いつまでそんな小舟に乗ってるの? 」という世間の声が聞こえはじめる。「早くクルーザーに乗り換えなよ」という外圧と、「クルーザーに乗って安心したい!」という内圧が入り混じり、わたしの結婚したい病は重症化していきました。あのときは完全に我を失ってましたね……。
なにが嫌って、結婚というものを意識しはじめたとたん、性格が歪ゆがんで、心が荒すさんで、内面がどんどん醜くなっていくんです。人の幸せをうらやんだり、男に気に入られようと媚こびを売ったり、自分で自分のあさましさに辟易してしまう。ひたすら観念的に考えをめぐらせ、出口のない迷路に迷い込んだみたいで、あれはとても苦しかったな。
その後、29歳でつき合った彼氏と、同棲を経て結婚したのは、34歳のときでした。20代のうちに結婚することはできなかったけれど、わたしの場合、それがよかった。少なくとも、自分の小舟で海を渡れるようになってから―― つまり経済的にも精神的にもちゃんと自立できたうえで、相手の船とドッキングする形で、結婚できたから。これはものすごく、大事なことでした。
もしあのとき、うまくいかない人生に嫌気がさし、途中で投げ出すかたちで、結婚に逃げ込んでいたら。自分の小舟をポイと捨てて、相手が用意したクルーザーに身を預けていたら。たとえ相手のクルーザーがどんなに居心地悪くても、我慢するしかない人生になっていたかもしれない。自分の心を殺して、クルーザーの持ち主の顔色をうかがうのはつらいことです。浮気、モラハラ、DV、そんな最悪なこと起きても、自分の小舟を手放してしまっては、逃げられない。人の船に「乗せてもらう」って、そういうことです。若いころのわたしは、結婚のそういった危険性に、まったく気づいていませんでした。
「幸福な結婚とはいつでも離婚できる状態でありながら、離婚したくない状態である」という、小説家・大おおば庭みな子の名言があります。女性が結婚のダークサイドから身を守るには、本当の意味で幸せな結婚をするには、まずは自分で自分の小舟をしっかり漕げるようになること、それを経験することが大事。
わたしと夫、どちらが上でも下でもなく、対等でいられるいまの結婚生活は、とても楽しいです。わたしたちはタッグであり、二人で操縦しているんだぞという実感があります。これは、20代を自力で乗り切った経験のおかげかも。
頼りない小舟で大海原をぷかぷか漂っていた25歳の自分を、「よく耐えた!」と褒めてあげたい。さびしかった、苦しかった、でもその分、とてもきらきらした時間でした。
山内マリコさんから、CLASSY.世代に向けてスペシャルメッセージ!
女性はみんな幸福な結婚がしたい。それにはなにが必要なのか。カップルの数だけ結婚の形があり、たった一つの正解があるわけではないけれど、小説家の大庭みな子さんが書いた「幸福な夫婦」というエッセイが、わたしにはいちばんしっくりきます。本文中に引用した言葉は、その冒頭を飾る名言。「いつでも離婚できるけど離婚したくない状態?」と自問することは、究極のバロメーターですね。
『The Young Women's Handbook 〜女の子、どう生きる?』発売中!
雑誌やSNSの素敵なあの子にキリキリしちゃうあなたへ−。雑誌『JJ』の巻頭を飾る特集コピーに対し思うことを綴ったエッセイ。迷ったり不安になったりしたとき、お守りのようになる言葉が満載。『JJ』連載を単行本化。
著者:山内マリコ
1980年生まれ。2012年「ここは退屈迎えに来て」(幻冬舎文庫)でデビュー。主な著書に「選んだ孤独はよい孤独」(河出書房新社)、「あたしたちよくやってる」(幻冬者)など。「あのこは貴族」(集英社文庫)の映画化と、雑誌「CLASSY.」の連載小説をまとめた「一心同体だった」の刊行を控えている。
著者/山内マリコ イラスト/kinucott 再構成/CLASSY.ONLINE編集室
※この記事は、『The Young Women’s Handbook 女の子、どう生きる?』(光文社刊)から一部を抜粋したものです。