柄本佑さん(39)の仕事論「腑に落ちないときも、立ち止まらない」【映画『木挽町のあだ討ち』主演インタビュー】

芝居小屋を舞台に描かれる映画『木挽町のあだ討ち』は、“仇討ち”という古典的な題材を入口に、人が抱え続ける想いや葛藤を静かに掘り下げていく作品。主演を務めた柄本佑さんに、原作との出会いや役作りで大切にしたこと、共演者とのエピソードを伺いました。さらに、日々のなかで違和感をおぼえたときにどう向き合っているのか――柄本さんの仕事論も必読です。

Profile

2001年、映画『美しい夏キリシマ』(03)で主人公の少年役に抜擢され、俳優デビュー。『きみの鳥はうたえる』などで第92回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞等を受賞。近作に映画『火口の二人』、『痛くない死に方』、『先生、私の隣に座っていただけませんか?』、『ハケンアニメ!』、『シン・仮面ライダー』、『春画先生』、ドラマ「空白を満たしなさい」、「光る君へ」など。公開待機作に『メモリィズ』『黒牢城』『最後の遊戯 LAST DANCE 』がある。

この役は“刑事コロンボだ”と言われたんです

――原作小説を以前から読まれていたそうですが、『木挽町のあだ討ち』が映画化され、主演を務めると聞いたときの率直なお気持ちは?

まず、「これはご縁だな」と思いました。僕がこの小説を読んだきっかけは、父が木挽町の生まれだったからなんです。歌舞伎座の真裏あたりで育ったみたいで。タイトルを見た瞬間に、もう自然と手が伸びました。ただ、読み進めるうちに「これ、映画にするのは相当難しいんじゃないか」とも感じたんですよね。どこか文章だから成立している呼吸があって、映像に置き換えるのは簡単じゃないだろうなって。

それが巡り巡って、こうして映画になって、しかも自分が主演として関わることになる。不思議ですけど、こういうことって本当にあるんだな…って。改めて、運命みたいなものを感じましたね。

――今回、柄本さんが演じる総一郎は、仇討ちを果たす側ではなく“真相を探る側”の人物です。この役をどう捉え、どんな人物像を意識して演じましたか?

源監督とはたぶん僕がいちばんご一緒している監督で、方向性もいつも分かりやすく示してくださるんです。今回も最初に言われたのが、「この役は刑事コロンボだ」という一言でした。衣装の色味も含めて、そこは大きなベースになったと思います。

ただ、この役は原作の中にはっきり登場する人物として描かれているわけではなくて。聞き手としての役割はあるけれど、姿が明確に立ち上がっていないぶん、自由度が高かった。
撮影を重ねていく中で、だからこそ監督にとっても難しい部分があったのかもしれないな、と感じるようになりました。この作品は、事件そのものや、それに関わる人たちが主役です。だから僕自身は前に出るというより、少し引いた位置から物語を支えるような感覚で演じることを意識していましたね。

――総一郎とご自身に、共通点や惹かれる部分はありましたか?

役に「共感できるかどうか」を、あまり意識するタイプではないんです。ただ、総一郎という人物には、どこか目が離せない危うさを感じていました。周囲との距離感が少し独特で、空気を読むよりも、自分の感覚を信じて前に進んでしまう人。その不器用さが、この物語を大きく動かしていく。それを決定づけたのが、撮影初日の演出でした。最初に撮ったのが、総一郎が森田座を訪れるシーン。人混みの中を歩く場面で、テストのあと、源監督からこう言われたんです。

「避けないで。人にぶつかりながら、一直線に進んでほしい」。普通なら、人を避けながら進むところですよね。でも総一郎は違う。相手の懐にズカズカ踏み込んでいく。計算なのか無意識なのか分からないけれど、猪突猛進で突き進む。その感覚を、初日の演出で一気に掴めた気がしました。「あ、総一郎って、こういう人なんだな」と人との距離をうまく取れない。でも、だからこそ真実に近づいてしまう。そんな人物像が、その一言でくっきり立ち上がったんです。

名優3人で一致した「若いうちに始めたほうがいいこと」

――森田座を束ねる篠田金治を演じた渡辺謙さん、物語の鍵を握る伊納菊之助を演じた長尾謙杜さんとは、どんなやりとりがありましたか?

現場というより、取材の場で印象的なやりとりがありました。長尾くんから「若いうちから始めておいたほうがいいことって、何ですか?」と聞かれたんです。その場には渡辺謙さんと北村一輝さんもいらして、3人とも自然と同じ答えを口にしました。「乗馬」だと。

体力やバランス感覚が必要で、年齢を重ねてからだと続けにくいこともあり、「若いうちに始めておいたほうがいい」という点で、全員の答えが重なったんだと思います。長尾くん自身、乗馬の経験はあるそうなんですが、まだ定期的に通えているわけではないようで。「今年は午年で、しかも僕は年男なので、ちゃんとレッスンに通いたい」と話していました。馬に乗っている長尾くん、きっとすごく絵になると思いますし(笑)、個人的にも密かに期待しています。

謙さんは、父も義理の父も昔から共演されていて、子どもの頃から知ってくださっている存在。しっかり言葉を交わすのは今回がほぼ初めてだったんですが、どこか“遠い親戚”のような感覚がありました。近すぎないけれど、確かにそこにいる。最初は少し小っ恥ずかしさもありましたね。

腑に落ちなくても、やるしかない

――総一郎は「納得できないことを、そのままにしない」人物ですが、柄本さんご自身は、人生で“腑に落ちないこと”とどう向き合ってきましたか?

たとえばこういう作品って、台本に書かれたセリフを決められたルールの中でちゃんと言わなきゃいけないじゃないですか。もちろん、その中で「うーん…」って思う瞬間がないわけではないんですけど。でも、僕自身は根本的に“腑に落ちる/腑に落ちない”で立ち止まるタイプじゃないのかもしれないですね。どっちかっていうと、「やるっきゃねえべ」みたいな感覚のほうが強い。

――潔いですね。

いや、潔いっていうより…(笑)。「腑に落ちないからやらないの?」っていう感覚なんです。むしろこの仕事って、“腑に落とす作業”そのものだと思っていて。だから向き合う必要があるときは、ちゃんと向き合う。ただ、それを続けていると、やっぱり溜まっていくものもある。だから大事なのは、逃げ道を持っておくことなのかなって。味方でもいいし、お茶仲間でもいいし、体を動かすでもいい。どこかで気持ちを外に出せる場所があると、ちゃんとリセットできる。

腑に落ちないことって、たぶん無理に解決しなくていい。「腑に落ちないな」と思いながら続ける日があってもいいし、その代わり、しんどくなる前に、ふっと軽くなれる居場所を作っておく。それって、長く続けるためにすごく大事なことだと思います。

――そうしたスタンスで役と向き合ってきた中で、完成した作品をご覧になって、どんな印象を受けましたか?

最初は単純に、「原作がこういう形になるんだ」という驚きが大きかったですね。仇討ちのアクションも迫力があって、「あ、飛んだ!」って思わず声が出そうになる瞬間もありました(笑)。でも、それ以上に印象に残ったのは、映像としての美しさです。冒頭から、色彩の豊かさや様式美が自然と目に入ってきて、作品の世界観にすっと引き込まれていく感覚がありました。

自分が出演しているので、どうしても客観的に観られない部分はあるんですけど、エンターテインメントとしての完成度はかなり高いと思います。ミステリーと聞くと身構える方もいるかもしれませんが、老若男女問わず楽しめて、観終わったあとにはどこか気持ちが軽くなるような、そんな作品になっているんじゃないかなと思います。

Information

映画『木挽町のあだ討ち』2月27日公開
直木賞・山本周五郎賞をW受賞した永井紗耶子による同名小説を映画化。芝居小屋の囃子が響く江戸・木挽町を舞台に、雪の夜に起きた“見事な仇討ち”の裏側から、誰も知らなかったもう一つの真実が静かに立ち上がっていきます。江戸の空気感と映像美が溶け合う、余韻の残る上質なエンターテインメント作品です。

【衣装協力(ジャケット)】HERILL その他は私物
【SHOPLIST】NISHINOYA  03-6434-0983

撮影/You Ishii ヘアメイク/星野加奈子 スタイリング/坂上真一(白山事務所) 取材/池田鉄平 編集/越知恭子

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表紙モデル:堀田 茜