堀田茜が「30代になってなんだか気になる…」と感じるタイムリーな話題を、今会いたい識者に直接聞きに行く連載21回目。今月のゲストは、インティマシー・コーディネーター・浅田智穂さん。この話、ほったらかしにしなくてよかったと思える日が必ず来るはず!
日本の芸能界が海外に比べて
遅れている部分はどんなところだと思いますか?
今月のゲストは…インティマシー・コーディネーター・浅田智穂さん
【今月の茜のモヤモヤ案件】
以前水原希子さんが「ネットフリックスの『彼女』という作品にはインティマシー・コーディネーターさんが入っていた」と話していたのを聞いてこの職業に興味を持ちました。インティマシー・コーディネーターってどんなお仕事ですか?
「やる気がないと思われたくなくて我慢を重ねる人、どんな業界にも多くいると思う」(茜)
茜:ここ数年でインティマシー・コーディネーターの存在も世間に認知され出していると感じていますが、実際にどんな仕事なのかお伺いしたいです。
浅田:インティマシー・コーディネーターは、映像製作などの現場においてヌードや性的な描写があるときに、俳優のみなさんが精神的にも身体的にも安心安全に演じることができるようケアをして、なおかつ監督の求めるイメージを最大限実現できるよう調整するスタッフです。
茜:私も何度かベッドシーンを経験したことがあって、幸い嫌な思いをしたことはないのですが、たまにネガティブな話を耳にすることはあります…。
浅田:まだまだそういう現場は多いと思います。アクションシーンにはアクション・コーディネーターさんという人がいて、どうすればリアルに見えつつ怪我をしないかなどを考えるんですけど、私はそれの性的なシーン…インティマシー・シーンと呼びますが、その担当と言えばわかりやすいでしょうか。どうすれば監督の意向に沿いながら俳優が嫌な思いをしないかを考えます。
茜:視聴者は聞いたらびっくりするかと思うんですけど、撮影初日からいきなりキスシーンの撮影があったりするじゃないですか。物語の順番通りに撮影が進むわけではないので。そういう場合にも精神的負担を感じる俳優は多いと思いますね。
浅田:そうですね。俳優さん同士がコミュニケーションを取り合えていない初日から全裸のシーンがあったりとか。そういう不安があっても、共演者にどう伝えればいいのか、どのスタッフにどんなふうに相談すればいいのかってわからないじゃないですか。
茜:そうなんですよ。はじめてドラマの現場に入ったときがまさにそうでした。読者の方だとはじめて会社に入ったときの気持ちがそれなのかなと想像したりもするのですが。
浅田:そうですね。会社の上司…映像現場だと監督ですけど、上司から指示が出るまで待たなきゃいけないと、そのときまでみなさんすごく不安なんですよ。何をさせられるんだろう。キスシーンがあるけど舌入れるのかな。押し倒されると台本に書いてあるけど、胸は触られるの?とか。その不安をなくしてお芝居に集中してもらうためにも、私が監督からヒアリングして、俳優さんたちと面談という形でひとりずつお話しして、できることとできないことを確認して、抱えている不安を取り除いていきます。
茜:浅田さんのような立場の方が現場にいらっしゃると心強いんだろうなと想像できます。やりたくないことがあったとしても「やる気がないと思われたくない」と我慢しちゃう俳優もまだ多いと思うから…。
浅田:その我慢の文化もあって、日本の芸能界のモラルは他国に比べてすごく遅れてるんですよね。インティマシー・コーディネーターは海外の現場だともっと当たり前に存在する国が多いし、俳優自身にやるやらないの選択肢が与えられる。それが最低限の人権だと思うのですが…。だから私が現場に入ることで、傷つく人がひとりでも減ってほしいという想いでこの仕事をしています。
茜:インティマシー・コーディネーターになるには資格が必要ですか?
浅田:はい。去年までは海外にしか資格を取れる拠点がなかったのですが、今年から私がロスにあるインティマシー・プロフェッショナルズ・アソシエーションという養成機関と契約をして日本でもトレーニングを受けられるようにしました。ただ、誰でも資格が取れるのかというとそうではありません。撮影現場での経験が必須になっていることが多いです。私はこの仕事に就く前に映画や舞台現場の通訳の仕事をしていた経験が生きています。
断るとやる気がないと思われがち。
イエスかノーか選択肢が
あることって重要ですよね
「YESかNOか聞かれもしない場面が多い。選択肢を持てる社会になって欲しい」(浅田)
茜:すごく気遣いが必要なお仕事だろうと察するのですが、仕事の技術が実生活に役立っているなと思うことはありますか?
浅田:同意を得る、相手の気持ちを確かめるという仕事なので、これは私生活にも役立つかもしれません。
よく日本人はNOと言いづらい・言えない国民性とされますが、それ以前に「選択肢を聞かれてもいない」ことがすごく多いとこの仕事を通して感じました。相手の立場になって考えたときに、聞かれたほうが気持ちいい事柄って日常にすごくたくさんあります。
茜:そうですね。仕事の場面だと同僚や後輩に「これやっといて」とやってもらって当たり前の感覚で言ってしまう場面はよくあると思うんですけど、それを見つめ直す感じでしょうか。
浅田:そうですね。さっきも堀田さんが話した通り「やって当たり前でしょ。やる気ないの?」ていう精神論、どこにでもありますよね。雇われの身だからと我慢するんじゃなくて、ひとりひとりが自分の意思を持って主張できるようになると、どんな業界も変わっていくんじゃないかなと思っています。
茜:我慢を乗り越えてこそ一人前とされてきたけど、本人がどうしたいかが尊重されて、選択肢が与えられる時代になるといいですね。
浅田:それと、NOの理由を私は一切聞きません。「なんでできないんですか」とか。それも守られるべき人権だと思っていて。ただ、代案の選択肢が与えられるとみなさんしっかり考えるし、これはいいけどこれは嫌だと話してくれるし、一緒に考えることもできます。あとは、過去にやったから今回もできるよね、という前提もよくない考え方。人にはその時々のライフステージがあって、このステータスだからこの仕事をしたいと思うけど、それが変わったらできるかどうか変わるじゃないですか。
茜:そうですね。結婚してるしてない、お付き合いしている相手、子供がいるいないで状況は違いますよね。
浅田:だから都度、意思を確認することも大事です。
茜:人間関係に最低限必要なことでありながら常にそこまで配慮するのも大変そうですが、浅田さんご自身が疲れてしまいませんか?
浅田:そうやって心配していただくことは多いですが、関わった作品がいいものに仕上がるとすごくうれしいし、充実感や達成感が大きいので楽しくやってますよ。いい作品にしたいという目標はみんな一緒なので、関わる人みんなが楽しく、安心できるラインをいつも探ってます。俳優側と監督側どちらかに寄るわけではなく、あくまで中立でいるのが大事。
茜:今この業界がいい方向に進んでいることを読者に届けることで、他の業界にもいい流れが生まれるといいなと思ったので、今日は前向きなお話が聞けてよかったです。私生活にもすごく役立ちますね。いつか仕事の現場で浅田さんにお会いできる日を楽しみにしています。
\茜の取材ノート/
芸能や映像業界を新たな方向に切り開く職業だなと思ったし、浅田智穂さんは将来教科書に載るような方なんじゃないかとさえ思いました。芸能や映像業界の仕事に興味がある方にもインティマシー・コーディネーターという仕事があることを知ってもらって、職業選択のひとつになってほしいし、実際になる人が増えたら私もうれしいです。芸能界だけじゃなく多くの業界で、守られる人が増えて、自分の気持ちを主張しやすい社会になるといいな。
浅田智穂さん(インティマシー・コーディネーター)
ノースカロライナ州立芸術大学卒業。帰国後、エンタメ業界の通訳として活躍。その後映画、舞台現場での通訳、翻訳、キャストの映画台詞の指導なども行う。2020年、インティマシー・コーディネーター養成プログラムを修了。Intimacy Professionals Assosiation公認のもと活動開始。Netflix作品『彼女』で、日本初のインティマシー・コーディネーターとして作品に参加。以降、数多くの作品に携わる。
[堀田茜さん衣装]ジレ¥39,600(トラディショナル ウェザーウェア/トラディショナル ウェザーウェア ルミネ有楽町店)ロングTシャツ¥14,300ニットパンツ¥26,400(ともにマイ ウィークネス)ピアス¥15,400ブレスレット¥5,500〈ともにワンエーアールバイウノアエレ〉ネックレス¥38,500〈ウノアエレシルバーコレクション〉(すべてウノアエレ ジャパン)※浅田智穂さんの衣装は本人私物です
撮影/杉本大希[堀田さん分]、木村 敦(Ajoite)[浅田さん分] スタイリング/AYANA[堀田さん分] ヘアメーク/TONOE[堀田さん分]、茂木美鈴[浅田さん分] 取材/野田春香 編集/小林麻衣子 再構成/Bravoworks,Inc.
※CLASSY.2024年12月号「堀田茜のほったらかしにしたらアカン!」より。
※掲載中の情報は誌面掲載時のものです。商品は販売終了している場合があります。