コロナ禍を生きる人びとの日常を切り取った『ツミデミック』で第171回直木賞を受賞した一穂ミチさんに、CLASSY.がスペシャルインタビュー!第二回目は、CLASSY.ONLINEで連載した『感情旅行』についてお話を伺いました。
——主人公の華のように、仕事、恋愛、結婚と、様々な選択肢を前に悩むCLASSY.読者も多いです。華というキャラクターを書く際に心掛けたことはありますか?
私が子どもの頃にイメージしていた30代半ばは、すごく大人でした。子どもも成長して、バリバリ仕事する立派な大人だろう、と思っていたけれど、自分がその年齢を過ぎても全くそんなことはなかった。なので、華は実際の年齢よりは幼く見えるかもしれませんが、私なりの等身大をイメージして描きました。まだふわふわしていて、地に足を付けたくても付けられない迷える女性、という感じかなと思います。実際にモデルとなる人物はいませんが、私の周りの30代の女性って仕事に行き詰まって休職したり、20代の頑張りの反動で心身の調子を崩してしまう人が何人かいて。そういう意味では「全然休んでええんやで」っていうことも伝えられたらな、と思っていました。
——一穂さんご自身、30代を振り返って大変だったことや苦労したことは、どんなことですか?
30歳を過ぎると、何かの期限を過ぎてしまった感覚はありましたよね。何者でもないまま、30代になっちゃったな、みたいな。その何物かは分からないんだけど、締め切られた感は感じていました。実際はそんなことないんですけどね。
——焦りはありましたか?
焦りもありましたね。気持ちは20代の頃と変わっていないのに、それ相応の振る舞いを求められる場面もありますし、下の世代も増えてくるし。分かったふうなことを言えるわけでもないし、だからと言って、いつまでも下っ端根性を出してやってるわけにもいかない。独特の宙ぶらりん感がありましたね。あとは、30代っておばちゃんキャラを出そうとすると、もっと上の人からの目も気になる。「私なんてもう、おばさんだから」という発言が失言になるケースもある(笑)。誤魔化せないし、開き直れないし、自分の立ち位置の正解が分からない時期はありました。そういうモヤモヤから解放されたのは、35歳を過ぎたあたりでした。
——30代で「やっておいてよかった」と思うのは、どんなことですか?
海外旅行だと思います。1年に1回は海外に行っていました。旅行には体力も必要じゃないですか。老後世界一周とか、体力的に絶対無理だから、どんどん行ったらいいと思う。今でさえ、10年前の足が棒になるまで1日中歩き回るような旅は絶対できません。足が棒になる前に、膝と腰にきちゃうので(笑)。それに、若いときは安宿も旅先の想定外もそれなりに楽しめると思うんです。無理してバックパッカーみたいな旅はしなくてもいいけれど、自分の身の丈に合った楽しい旅行をたくさんして欲しい。連泊するならよそ行きのワンピースを持って行って、1日だけはちゃんとしたレストランに行くのもいい経験になると思います。
——一穂さんが旅された中で1番印象に残っているのは、どの国ですか?
右も左も分からず、初めての海外で訪れたバリは印象に残っています。あとは、東南アジアとか台湾、香港、どれも楽しかったです。ヨーロッパとかアメリカってある程度お金がないと楽しくない面もあるから、近場をバンバン旅行したらいいと思います。
——CLASSY.読者は旅好きが多いのですが、一穂さんが旅で大事にしていることはありますか?
目的のない日は作るようにしています。旅先のなんでもない街を歩くのが好きなので、電車に乗って観光地でも何でもない駅で降りてみたり。団地があるだけだったりするのですが、それでいいんです。旅行前ってたくさん予定を立てちゃうじゃないですか。でもいざ行くと移動や慣れていない場所でのストレスで予想以上に疲れるから、最低半日は何もしない余裕時間を作る。ホテルで寝てるだけでもいいし、前日に消化しきれなかった場所に行くでもいいし。予定を詰め込むと同行者と喧嘩にもなりがちだから(笑)。旅行のときくらいは時間に縛られなくていいと思っています。
——『感情旅行』の中で、CLASSY.読者を意識して盛り込んだトピックや言葉があれば教えてください。
主人公である華の、若いのか若くないのか分からないような揺らぎの感覚は意識していました。あとは、今でも男女の収入格差はあって、男性の方が収入面で上回っていることが多いので、そういうところに対して、もやっとしちゃう気持ちも盛り込みました。恋人との金銭感覚のズレやお金に関するモヤモヤって、結婚の話でも出れば伝えられるけれど、そうでなければなかなか言い出せなかったりする。そういうもどかしさも描けたらと思っていました。
最終回は、一穂さんご自身のキャリアや、CLASSY.読者に向けたアドバイスを掲載します。
一穂ミチ(いちほ・みち)
2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。『イエスかノーか半分か』などの人気シリーズを手がける。2021年『スモールワールズ』が大きな話題となり、同作は吉川英治文学新人賞を受賞、本屋大賞第3位。『光のとこにいてね』が直木賞候補、本屋大賞第3位。今もっとも新刊が待たれる著者の一人。近著『ツミデミック』で第171回直木賞を受賞。
イラスト/日菜乃 取材/坂本結香 構成/前田章子