コロナ禍を生きる人びとの日常を切り取った『ツミデミック』で第171回直木賞を受賞した一穂ミチさんに、CLASSY.が独占インタビュー!話題の『ツミデミック』のほか、CLASSY.ONLINEで連載した『感情旅行』についてもたっぷりとお話を伺いました。
——第171回直木賞を受賞されたときの率直なお気持ちを教えてください。
一緒に発表を待っていた編集の方達は盛り上がってくれていましたが、私はちょっと脱力するような、「助かった」っていう謎の安堵感が込み上げてきました。受賞できなかったら、また候補作に選ばれるかどうかというところからのやり直し感があるので、「もうこのことで悩まなくていいんだ」という安心に尽きますね。もちろん、みなさんが喜んでくださるのはうれしいですが、自分自身が認められてうれしいという気持ちは、今も不思議とないかもしれないです。受賞したからいい作品というわけでもなく、逆に賞を取れなかったから小説として瑕疵があるというわけでもないと思っているので。
——『ツミデミック』というタイトルの由来を教えてください。
実は当初のタイトル案は『ほど遠い人生』だったんです。パンデミックによって、人生が思わぬ方向に転がってしまった人たちの物語、ということで考えたタイトルでしたが、自分の中で「このタイトルは、他の本でもいけるな」って思い始めて。やっぱりパンデミックを連想させるものが全面に出るような、この本にしか付けられないタイトルにしたいな、と。ちょうどその頃、コロナとインフルのツインデミックという言葉を目にして、“デミック”を活かそうと思いました。気付けば犯罪絡みの物語が多かったので、“罪”と組み合わせた“ツミデミック”で編集部に改めて提案して、OKをいただきました。
——装幀も印象的で素敵ですが、一穂さんのリクエストが反映されていますか?
これまでは可愛らしい装幀が多かったので、別のテイストでインパクトのあるものがいい、という希望はお伝えしましたが、デザイン自体は、デザイナーの岡本(歌織)さんのアイディアです。今までにはない装幀で、まさに希望を叶えてもらった形だと思っています。
——実際に執筆を開始されたのは、いつ頃でしたか? また、今作を書くことになったきっかけを教えてください。
2021年の秋以降です。お話をいただいたのは『スモールワールズ』を出版して割とすぐでした。そのときに、短編ならすぐに取り掛かれるのと、テーマがあった方が書きやすい、というお願いをしました。ちょうど(掲載する)2021年11月号の『小説宝石』のテーマが“繁華街エレジー”で、このテーマを元に書く形になりました。繁華街と聞いて思い浮かんだのが、緊急事態宣言下での静まり返った街。それをイメージして書いたのが1編目の「違う羽の鳥」です。そこから始まり、都度テーマをいただいて書いていましたが、自分の頭の中にコロナが居座っているせいか、どうしてもコロナ絡みの物語になってしまって。3編目の「憐光」くらいからは逆にコロナありきで考えることにしたんです。私は新聞を読むのが日課で、当時は毎日何かしらコロナのニュースがあったので、そこから着想を得たことも多いです。
——登場人物のキャラクターは実在するのかと思うほどリアルでした。描く際に意識していたことはありますか?
登場人物のキャラクター設定について意識したことはあまりなく、なんとなく、ですね。普段から人間観察もそこまでしないです。喫茶店で隣になった人の話はついつい聞いちゃうことはありますけど。「なんかのセミナーだな」とか(笑)。ただ、年齢とか世代なりのボキャブラリーは考えます。例えば、そこまで学歴が高くない設定のキャラクターが難しい四字熟語を発するのは違和感があるし、おじいさんならおじいさんなりのものの言い方がある。あとは根本的に、役者でもない人が長文で自分の気持ちを言ったりしないよな、とか。長台詞を言わせないとか、キャラクターに合った言葉使いは、意識しているのかもしれないです。
——1編を書くのにかかる時間はどのくらいでしたか?
ものによりますね。思いつかなくて、唸っている時間を除くと、実働としては1週間くらい。煮詰まったときは、散歩したり湯船に浸かったり。あとは血迷って普段やらないことを衝動的にやりたくなるんです。締め切りが迫っているのに、日帰りで高野山に行って仏に縋ろうとか(笑)。アイディアに詰まったら、生活半径から出てみることはよくあります。そう都合よく閃きがあるわけでは無いのですが、気分転換にはなります。
——今作には、コロナ禍のリアルな現状に加えて、代理母出産や集団自殺など、現代社会を反映したトピックが盛り込まれています。普段、どんなメディアから情報を得ることが多いですか?
情報は新聞から得ることが多いです。会社に主要5紙が届くので、すべて熟読しているわけではないですが、いつも1時間くらいかけて読んでいます。新聞は自分が求めていない情報も一緒くたに入ってくるんですよね。経済とか国際政治とか、そこまで興味がないですが、めくって読んでいるとそれなりに「なるほど」と思うこともある。今の職場も長いので、もう20年近くは新聞を読んでいます。雑誌やSNSも見ますが、情報収集のメインは新聞です。今作も3編目あたりから、なるべく早いうちに書き溜めて本にしたい、という希望があったので、そこからは意図的にコロナのニュースに触れるようにしていました。
——今作を書く際に、意識していたことはどんなことですか?
何年も経ってから読み返したときに、フィクションの世界からリアルな出来事を思い出せるような作りになっていたらいいな、と思っていました。それから1冊にまとめる際には、後ろに行くにつれて明るい物語にしようと考えていました。ずっと重たい話だと読者の方も疲れてしまうので。コロナの状況が少しずつ収束し始めた社会のムードとか、私自身の精神状態も反映されていると思います。最後の「さざなみドライブ」だけお題がなかったので、コロナ禍を総括するようなキャラクターがまとめて出てくる形で締めくくりました。
——一穂さんの中で、1番のお気に入りはどの物語ですか?
読後が悪いかもしれないけど、「ロマンス☆」です。「凄惨だ」とは言われましたが(笑)、私の中ではコンパクトに起承転結がまとまって、綺麗に落ちたな、と思っています。
—コロナのパンデミックで、CLASSY.世代の生き方も働き方もがらりと変わりました。『ツミデミック』を通じて、CLASSY.読者に伝えたいメッセージを教えてください。
コロナで大なり小なり、人生の予定計画が狂わなかった人っていないと思うんですよね。仕事もそうですし、旅行の計画が崩れたり、学生生活をもっと楽しめた人もたくさんいたはず。人生って思いがけない出来事で呆気なく狂ってしまうけれども、私は逆境になって初めて気づく小さな光もあると思っています。ベタですが人の優しさであったり、手を差し伸べてくれる人の存在であったり。そういう小さな光があることを信じて、しぶとく生きて行きましょうよ、ということは伝えたいです。病気に勝ち負けはないですが、執筆中はこんなことで負けたくない、という想いで書いていました。パンデミックを理由にくよくよ暮らしたくないなって。体験しなければ書けなかったので、「絶対に元を取ってやる」という気持ちもありました。
第二回ではCLASSY.ONLINEで連載した『感情旅行』についてのインタビューを掲載します。
一穂ミチ(いちほ・みち)
2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。『イエスかノーか半分か』などの人気シリーズを手がける。2021年『スモールワールズ』が大きな話題となり、同作は吉川英治文学新人賞を受賞、本屋大賞第3位。『光のとこにいてね』が直木賞候補、本屋大賞第3位。今もっとも新刊が待たれる著者の一人。近著『ツミデミック』で第171回直木賞を受賞。
取材/坂本結香 構成/前田章子