【CLASSY.新連載を今月も特別公開】吉川トリコ「つぶれた苺を食べること」【第二話 ディストピア愛知に生まれて vol.1】
『CLASSY.』2024年1月号からスタートした、吉川トリコさんによる連載小説『つぶれた苺を食べること』。今月も特別に内容を公開します。
- あらすじ -
五年前、イチゴ狩りツアーで出会ったムニ、桐子、映奈の三人。年齢も職業も異なる三人だが、付かず離れずの関係で「いちご会」と称した集まりを定期的に催している。ある日の集まりで、独身のムニが「子どもを産もうと思っている」と二人に告げ…。
兄のムソウのところに三人目の子どもが生まれたというので、しめたとばかりに今年の正月は帰省しなかった。新生児の世話に明け暮れ、落ち着かない正月になることを恐れたわけではなく、その逆である。どうせムソウも、末っ子の誕生を言い訳にして実家には帰らないつもりだろう。ムニ一人で実家に戻り、ヴィーガンおせちをつまみながら両親の相手をするなんて死んでもごめんだった。
【ムニオンニの実家って名古屋だったっけ?】【たしか名古屋の隣の市じゃなかった?】【あ、そうだったそうだったごめん】【慣れてるからいい。愛知県外の人は、愛知県のこと名古屋県だと思ってるから】南砂町のワンルームで、ビオワインや白カビサラミやチーズケーキや苺、好きなものを好きなだけテーブルに並べ、自堕落な正月を送っていたムニのところへ、同じく帰省する実家もなく駅伝にも興味がなくて暇をしている桐子(きりこ)と映奈(えな)からお年賀がわりのLINEがきて、かれこれ二時間ほど、グループトークでよしなしごとを繰り広げていた。結果的にそれが、新年一発目の「いちご会」になった。
名古屋駅から地下鉄とリニアを乗り継いで四十五分、ムニの実家は愛知県長久手市にある。父親はレゲエバーを営むミュージシャンで、母親はヨガ講師で生計をたてる流木アーティスト。二人ともゴリゴリのアナーキストかつアクティビストである(【何度聞いても呑み込みづらい設定】と桐子)。隙あらば他人を家に連れ込んでコミューンを生成しようとしたり、小学校入学の手続きを取らずにホームスクーリングを実践しようとしたり、週末は子どもを連れて反戦や反原発や反資本主義を掲げる集会に繰り出すか、フリーマーケットに参加してアジビラを配ったりする、政治性及び思想性がやや強めの両親への反発もあってか、ムニも兄も保守的な愛知の水にみずから飛び込むようにして、「普通」で「まとも」な価値観を育んだ。
トヨタのお膝元、自動車王国の愛知では、男の価値は車で決まる。十八になると同時に愛知の男は免許を取り、分不相応なローンを組むことを余儀なくされる(親にトヨタの新車を買い与えられるボンも中にはいる)。女たちはブランド品に目がなく、大学入学のお祝いにファースト・ヴィトンを親から買い与えられるか、そうでない娘はキャバクラでアルバイトをしなければならない。以後、シーズンごとにコメ兵に通いつめ、プラダ、ディオール、グッチをとっかえひっかえし、バッグを乗り換えるように華麗に男も乗り換えていく。そうしてつかまえたもっとも条件のいい男と一生に一度、どかんとぶちあげる結婚式ではたとえ赤字になったとしても歯を食いしばって見栄をはらねばならない。女は子どもを産んでこそ一人前という価値観がいまだ燦然(さんぜん)ときらめく風土において、子どもは一人よりも二人、二人よりも三人、多ければ多いほどよく、もちろん女児より男児のほうが貴ばれる。住居は大手ハウスメーカーによる注文住宅で、敷地面積も建坪も大きければ大きいほうがよく、家の中央には巨大な要塞のようなアイランドキッチンが鎮座ましましている(食洗機はミーレ、水栓はグローエ)。
概ねそのような世界観で育ったことを折に触れムニが話して聞かせると、【え、なにそのディストピア】【アトウッドの新作?】と映奈と桐子は呆気にとられるのだった。多少盛ったり誇張したりした部分はあるにせよ、二人の反応にムニは動揺せざるをえなかった。日本全国見渡せばどこもだいたいこんなものだと思っていたから、むしろアメリカ生まれアメリカ育ちの映奈と、東京生まれ東京育ちの桐子のほうが特殊なのではないかと疑ったほどである。
ディストピア愛知で育ち、矯正教育プログラムを受けて育ったムソウ(「無双」でも「夢想」でもなく「無想」)は、高校生のころからアルバイトに明け暮れ、親の力はいっさい借りず(そもそも「堕落」に力を貸すような親ではない)、自力で免許を取り、自力で車を買い、自力で名古屋市の大学を卒業し、トヨタの関連企業に就職した。腐ってもトヨタはトヨタ、その傘の下ともなれば、愛知ではそれ相応の収入とステータスを得たも同然である。
二十六歳で早々に結婚したムソウは、日進市にある「嫁」の実家の敷地が余っているからと、請われるまま家を建てた。「嫁」は専業主婦で、三人いる子どもは上から順に男、女、男(【まだそうだとはかぎらないんだからセクシュアリティを固定するな】と即座に映奈)。どこに出しても恥ずかしくない愛知の男として立派に成長したムソウを、誇らしいような苦々しいような、複雑な気持ちでムニは眺めている。【村上春樹が名古屋のことを「魔都」って言っていた意味がわかるわ】【ムニオンニの話だと、愛知には極端と極端しかないように聞こえる】二人が面白がるからと、調子に乗ってまた地元の話を誇張たっぷりに話してしまったことを後悔しつつ、【桐子さん、正月はいつも静岡の夫氏の実家に行ってなかったっけ?】ふと気になってムニは訊ねた。桐子はそれには答えず、【そんなことより甥っ子の顔を見たいと思わないの?】と訊ね返してきた(【まだ甥っ子とはかぎらないけどね】としつこく映奈)。その発想はなかったな、とムニは嘆息する。
イラスト/松下さちこ 再構成/Bravoworks.Inc