【CLASSY.新連載を特別公開】吉川トリコ「つぶれた苺を食べること」【第一話 いちご会 vol.2】

『CLASSY.』2024年1月号からスタートした、吉川トリコさんによる連載小説『つぶれた苺を食べること』。今月は特別に第1話の内容を3日連続でCLASSY.ONLINE限定にて配信しています。

「言い換えたところでやってるこ

「言い換えたところでやってることは同じじゃん」ウィスキーの水割りを猫のようにちろちろとなめ、桐子はからかうように映奈を人差し指でさした。「あんたあちこちで相当恨み買ってんでしょ、いつか刺されるよ」「ひどいよオンニ、報いならもうとっくに受けてる。スジンのやつ、何度LINEしても余裕の既読スルーなんだから。カカオトークのほうもいっさい反応なし!」ウィスキーの水割りを一息に飲みほすと、映奈はムニのベッドにわっと泣き伏した。

またはじまった。今夜はずっとこの話題をループしている気がする。ムニはため息をつき、空になった映奈のグラスに黙って氷とウーロン茶を注いでやる。

先週、仕事で行ったソウルの鉄板ビストロで、「殺し屋のような目をした」女シェフに恋をしたのだと映奈からはもう百遍ぐらい聞かされている。ソウル滞在中、毎晩のように店に通い詰め、K–POPや韓国ドラマでおぼえた数少ない韓国語の語彙「愛してる(サランへ)」と「きれいだよ(イェッポ)」を駆使してなんとか口説き落とし、お得意の「ラブアフェア」を決めたまではよかったが、それきり相手の女といっさい連絡が取れなくなったのだそうだ。

「どうしよう、私ずっと男が好きなんだと思ってたけどほんとは女が好きだったのかも。こんな気持ちになったのはじめてなんだよ、どうしたらいいのか自分でもわかんない。え、やだ、これってもしかして初恋ってやつ?スジンなんで返信くれないんだろ、私の髪がピンク色だから?やっぱここは青にすべき?クリスマスに弾丸でもう一回ソウル行ったらワンチャンあったりしないかな。とりあえず日本帰ってきてすぐ韓国語習いはじめたから、翻訳アプリに頼らず自分で考えたメッセージを送ってみようと思うんだ。そしたら私の本気がスジンにも伝わるはず。まずなんて入れたらいいと思う?アンニョンからはじめるべき?」

二十時過ぎにそれぞれ酒やつまみを持ち寄ってムニの部屋に集結してからというもの、今夜は映奈の恋煩いの話題でもちきりだった。これまで映奈が男を相手にさんざんやらかしてきた「ラブアフェア」は、どれもこれもが恋愛感情をともなわない運動のようなものだったから、「女が好き」と言い出したときには、「なるほど、それでか」「さもありなん」とムニも桐子も妙に納得してしまった。それでついムニも、自分の話を切り出すのが遅くなったというわけである。

「さっきからオンニオンニって呼んでるけど、いつから私はあんたのオンニになったのよ」「ひどいよ桐オンニ!オンニをオンニと呼ばないでだれをオンニって呼ぶの!」このやりとりももう何回目だろう。

韓国語の「オンニ」は年上の女性に対し、年下の女性が親愛をこめて使う語句である。実際の姉妹のあいだでも使われるが、血のつながりのない女同士のあいだでも使われているのを韓国ドラマや映画なんかでよく見かける。そう考えれば、四十歳の桐子を二十九歳の映奈が「オンニ」と呼ぶのはごく自然なことのようにも思える。ここが日本でさえなければ。

「ムニオンニもなんとか言ってやってよ!『いちご会』の絆は血よりも濃いんだって。この真っ赤な苺のようにね… …って、苺もうないじゃん!」しまいにはムニのことまで「オンニ」と呼びはじめたので笑ってしまった。ムニは今年で三十四歳になる。「オンニ」の資格はじゅうぶんにある。「まだあるよ、つぶれちゃってるけど」そう言ってムニは、洗っておいた苺をキッチンから運んできて、ガラスのボウルにあけた。ところどころつぶれて見るも無残な形になっているけれど、それでも苺は苺だ。苺をつぶすことにおいて、ムニは天才といってよかった。気をつけて持って帰らなくちゃと思うのになぜかいつもつぶしてしまうのだ。今日も会社の帰りに立ち寄った駅前のスーパーで値引きシールの貼られていた苺のパックを買い、できあいの総菜やワインのボトル、冷凍餃子なんかといっしょくたにエコバッグに詰めて、家に帰ってくるまでのあいだに半分ジュースにしてしまった。

イラスト/松下さちこ 再構成/Bravoworks.Inc

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