ドラマ「火10」枠で新ラブコメ女王の地位を獲得し、NHKでは大河出演、さらに後期朝ドラでは主演とその勢いが止まらない女優・上白石萌音さん。長年、ドラマウオッチャーとしてドラマ・テレビ番組評を手がけている吉田 潮さんが「萌音のスゴさ」を実感した作品とは…? 『恋つづ』『ボス恋』で萌音さんにハマった勢必見の3つの作品を紹介していただきました。
ドラマ評論家・吉田潮さんが語る上白石萌音さんの魅力とは?
「ずいぶんとおぼこい女優だなぁ」と思ったのが第一印象。若手女優がみんな器用におしゃれで世間にこなれて見えるなか、上白石萌音にはおぼこさがあった。おぼこいというのは、よく言えば純朴さ。悪く言えば、野暮ったさや垢ぬけなさ。木陰でジーパンを脱いでいた頃の宮崎美子にそっくりだ。これ、ディスっているのではなく、ものすごい誉め言葉ね。おぼこさは小手先や演技で出せるものではないし、若手の最強の武器でもある。この武器を彼女は着実に有効活用して、人気女優の階段を超高速で駆け上っている。
1.難役を演じ切りポテンシャルを高さを見せつける
私の最も古い記憶は、『ホクサイと飯さえあれば』(2017年・TBS系)だ。上京して一人暮らしをする大学生・山田文子(ブン)はかなりの人見知りで、いわゆるコミュ障。ぬいぐるみのホクサイとだけは冗舌に対話する。幼少期特有の「イマジナリーフレンド」みたいなもので、ホクサイとの対話はすべてブンの妄想でもある。とにかく食べることが好きで、料理に関しては一切の妥協をしない頑固なところも。
ただし、ブンには類まれなる能力がある。素材を目の前にすると妄想の世界に入り込み、“エア料理”(解説しながら身振り手振りで料理する)をしてしまうのだが、これが見事に人を惹きつける。ブンのエア料理を目にした人は、つい足を止め、耳を傾け、料理を想像して唾をのむ。コミュ障で食いしん坊、エア料理となかなかの難役だが、萌音は完璧にブンを演じきった。いや、ブンそのものだった。華やかなキャンパスライフよりも一食一食を大事にする偏向性、うっとりと自分だけの料理に没頭する様は見事だった。
最も驚いたのは、料理を歌にして口ずさむシーン。幼稚な歌詞にとってつけたような旋律なのに、驚くほど難しくて美しい。自作の鼻歌とはいえ、超ハイレベルの音程変動と自然な歌声。おぼこいけれど、さりげなく手練れだと感心した。
内向的だったブンが、料理を通じて友達(モテ系女子の池田エライザ、中坊男子の桜田ひより、金八風教師の前田公輝)ができ、他人と対話できるまで成長。外の世界へ踏み出していくブンの姿は、その後の萌音の飛躍を予期させた。あまり話題にはならなかったが、萌音のポテンシャルを見せつける作品でもあった。
2.人気シリーズのレギュラー獲得で人気女優への関門を突破
その後はとんとん拍子。大河・日曜劇場・月9と、大看板を掲げる枠で腕を鳴らし、刑事モノでもレギュラーを獲得。『記憶捜査~新宿東署事件ファイル~』(テレ東)では、車椅子の元敏腕刑事で、今は司法係の北大路欣也の部下の役だ。司法係の職務は内勤、データ入力。萌音は、車椅子の北大路の手となり足となり、こき使われながらも密かな捜査に嬉々として出向く、刑事志望の女子である。
シリーズ化のレギュラーはある意味で評価基準のひとつと思っている。長期間、ベテランや年輩の俳優に囲まれるプレッシャーは相当なもの。生意気でも、スキャンダルを起こしても、連投はできないはず。萌音はその関門もきっちりクリアで突破したわけだ。
そしてTBS火曜枠『胸キュン恋愛モノ』の出演作がことごとく話題になり、「神様・仏様・萌音様」状態へ。「カミシライシモネ」は全国区へ。シラナイ人も、うろ覚えでカモシレナイネと思っていた人も、確実にカミシライシモネを覚えたはず。
切なさ・怨念・エロス…“萌音”てんこ盛りの作品といえばコレ!
私が最も好きな萌音は、断然「お露」。2019年にNHKBSプレミアムで放送した『令和元年版 怪談牡丹燈籠』だ。怪談であり、主君の仇討や女中の謀略など複数の物語が絡み合う壮大な作品だが、萌音のパートだけさくっと抜粋して紹介する。
由緒正しき武家の娘・お露が浪人の新三郎(中村七之助)にひとめぼれ。相思相愛になるのだが、家柄の格差に周囲は反対。お露は恋焦がれて食事ものどを通らず、体が弱って絶命してしまう。お露の死に責任を感じた侍女(戸田菜穂)のお米も自死。それから間もなく、新三郎の家に来客が。牡丹灯籠を手にしたお米と愛しいお露である。死んだはずのお露が目の前に現れ、新三郎はすっかり虜に。ふたりは幽霊で、新三郎は取り憑かれるという物語なのだ。怪談で悲劇だが、死をもって成就する恋の話でもあり。
萌音の見せ場は大きく3つ。「母の没後、速攻で女中(尾野真千子)を妻に迎えた父に反抗」「恋に焦がれて、焦がれ死ぬ」「霊となって夜な夜な訪れる妖艶ホラー」である。
狂おしい恋心で身をやつす姿は、観ている側が息苦しさを覚えるくらい切なかった。幽霊となってからは、新三郎に妖艶に迫る濡れ場を魅せた。“糸引きキスシーン”は歴史に残るエロスでもある。さらに特殊メークで化け顔になり、ワイヤーアクションで飛んだり跳ねたりも。武家娘の心模様を切なく、時に激しく表現したかと思えば、化け物となって威嚇と咆哮。もうね、萌音の大盛り山盛り全部盛り、まさに“つゆ”だくだった。
このお露役を超える作品はなかなかに難しい、と言い切るのはまだ早い。なにせ萌音は若い。これからだ。今年の後期朝ドラにも、密かに期待しておこう。
吉田 潮
コラムニスト/作品についての鋭い分析と絶妙なイラストが支持を集めている日本有数のドラマ評論家。長年、雑誌やテレビ、webサイトなどさまざまなメディアでドラマやテレビ番組評を手がけている。東洋経済オンライン、デイリー新潮、週刊女性PRIMEなどで連載中。著書に『産まないことは『逃げ』ですか?』『くさらないイケメン図鑑』『親の介護をしないとダメすか?』など。
コラム・イラスト/吉田 潮 構成/CLASSY.編集部