【はらだ有彩さん書き下ろしwebエッセイ】私の好きな二次元男子~『幽☆遊☆白書』仙水忍~

「二次元男子」――それは現実には存在しなくとも、誰かの心をつかんで離さない魅力的なキャラクター。その勢いは漫画やアニメの枠を超え、2.5次元舞台や実写映画などでも話題を呼んでいます。気になるあの人の”推し”への思いを、本人書き下ろしのエッセイとともにお届けします。第四回目は『日本のヤバい女の子』などの人気著書をうみだしたテキストレーター【はらだ有彩さん】の好きな二次元男子をご紹介。

【はらだ有彩さん書き下ろしwebエッセイ】私の好きな二次元男子~『幽☆遊☆白書』仙水忍~

ブラック企業勤めの私と、生きる世界を変えた彼

26歳になったばかりのある日、私はふと我に返った。
——私、仙水忍と同い年だというのに、一体何をやっているんだ!?

仙水忍とは、冨樫義博先生による漫画作品『幽☆遊☆白書』に登場するキャラクターである。主人公の浦飯幽助と同じく、悪い妖怪から人間を守る霊界探偵…だったのだが、とある事件をきっかけに人間を滅ぼす勢力に転じる。御年26歳。
26歳だった頃、私はいわゆるブラック企業に勤めていた。今が朝なのか夜なのかも分からずに働き、朦朧としている間にやばい台詞のシャワーを浴び、これはエラいところに来てしまった…と震えながらも、現状打破の糸口が掴めずウゴウゴと蠢く日々。
新大阪駅で新幹線を待っているときに、はっと気づいた。そういえば、先週誕生日だった(忘れていた)。ということは今私、仙水忍と同い年ではないか。仙水はあんなにデカい目標に向かって突き進んでいたというのに、私は何をやっているんだ…。

スルーできなくて「デカい目標」に向かってしまう男

こんなにも有名な作品に注意書きをつけるのも却って気が引けるが、ここから大いにネタバレしているのでこれから読む人は気を付けてほしい。
仙水の掲げた「デカい目標」とは、人類滅亡である。元魔界探偵という経歴からも分かるように、彼はかつては妖怪を憎み、人間を愛していた。しかし妖怪のパートナーを得ることで「敵」の多様性を知り、「案外、人間と殆ど変わらないような妖怪もいるのでは?」と思い始める。さらにある任務で、人間の自己中心的で残虐な性質を目の当たりにし、その場にいた者を皆殺しにしてしまう。
いや、皆殺しってダメでしょ!怖っ!と思われるかもしれない。確かに全く善行ではない。最悪だ。しかし子どもの頃から妖怪に襲われ続けて「妖怪=悪、人間=善」と信じていたにもかかわらず、人間の醜悪な顔を見ても「いや、人間がそんなことするわけない。気のせい気のせい」とスルー出来ない気持ちが妙に分かる。

モヤモヤに対するソリューションがすごい

さらに仙水は、人間の悪行の限りを記録したビデオテープ『黒の章』を入手し、自ら疑問の輪郭を探り、真理に近づこうとする(ビデオテープに編集された情報を鵜呑みにすることの是非はともかく)。そして疑問に対して「人間を滅ぼす」という独自のソリューションまで打ち出すのだ。
めちゃくちゃ羨ましい!!!!!!!!
と、当時ブラック企業で自分に対するソリューションを見出せずに立往生していた私は、心底羨望の眼差しを向けたのだった。

ちなみに仙水の真の目標は実は人間の根絶ではなく、ただ「自分自身が魔界で死ぬ」ことである。どうしようもない人間にさっさと見切りをつけて、自分の野望だけきっちり叶えて退場していくところも、ちょっとすごい。

はらだ有彩さん・テキスト、テキ

はらだ有彩さん・テキスト、テキスタイル、イラストを作る"テキストレーター"。日本の昔話に登場する女の子に想いを馳せるエッセイ『日本のヤバい女の子』シリーズ(柏書房)が発売中。2020年、道行く女性の装いからファッションのタブーを打ち壊すエッセイ『百女百様 ~街で見かけた女性たち』(内外出版社)を刊行。雑誌・ウェブメディアなどでエッセイ・小説を連載中。

イラスト/はらだ有彩 構成/CLASSY.ONLINE編集室

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最新号 202412月号

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表紙モデル:山本美月

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